
2006年6月現在、モロッコには七つの世界遺産がある。そのいずれも文化遺産として登録されている。
文化遺産のカテゴリーに入るのは普遍的な価値を認められた建築物や遺跡などだが、モロッコの場合、二つ(アイト・ベン・ハッドゥとボルビリス)は人の住んでいない廃墟となった集落とローマ時代の遺跡で、残る五つはすべて城壁に囲まれた旧市街、つまりメディナ全体で、今も昔も人々が普通に暮らしている場所だ。
この「人々が今も普通に暮らしている」ところにモロッコの世界遺産の魅力が凝縮している、とは五つの町を訪れるたびに思うことだ。
フェズ、マラケシュ、メクネス、ティトゥアン、エッサウィラ。世界遺産として登録された順に名をあげたが、前3者はいずれも1000年あまりの歴史がある。モロッコ北部、スペイン領だったこともあるティトゥアンと大西洋に面した港町エッサウィラにいたっては、その起源は紀元前にまでさかのぼる。が、いずれの町のメディナも10世紀から14世紀頃にかけて現在見られるような姿になった。
どこのメディナの道も人が3、4人並んで歩いたらいっぱいになってしまうほどの幅しかない。しかも「迷路」と表現するにぴったりで、狭くてくねくねと曲がった道が縦横に広がっている。メディナの中で目的地を定め、ある程度方向を判断して進んでも、決してすんなりとは行かれないだろう。あちこちの角を曲がるうちにいつの間にか方向がわからなくなってしまうからだ。いや、これは決して方向音痴のせいばかりではない。この中で迷わないのはメディナの住人と、ガイドと称するモロッコ人だけだ。
1000年も前に造られてからそのままなのだから、メディナに車は入れない。車という現代の利器はメディナを囲む城壁外側で放棄するしかないのだ。メディナ探索は自分の脚に頼るしかない。ここでは時間がちょっぴり止まっているようだ。
五つの町の中でも、モロッコ南部、大西洋とサハラ砂漠を結ぶ交差点のマラケシュのメディナには大きな特徴がある。ジャマ・エル・フナ広場 La place Jemaa el Fna の存在だ。しばしば「マラケシュのへそ」とも言われるここは、いつも(ただし午前中は除く)エネルギーが充満している。観光客ばかりではない。地元はもちろん遠近の村々からやってくる人々も、ここでのパフォーマンスを大いに楽しむ。アラビア語での演劇あり、歌や演奏、ダンスあり。日が落ちると広場の興奮は屋台で食事をする人々の熱気とともにさらに盛り上がる。ブロシェット(串焼き)や羊の肉を焼く煙は夜更けまでもうもうと立ち上り、広場の喧騒(けんそう)はいつまでも鳴り止まない。
実は数年前まで自転車やバイクとともにここまでは一般車やタクシーの乗り入れが可能だった。夜は競ってタクシーを拾う人やら何やらで信じ難いカオスの世界だったが、今は車を気にせず安心して歩いていられる。
(更新日:2006年07月10日)
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編集協力:三菱商事
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