中国・大連は風かおる大陸北方の港町だ。広場を中心に何本もの道路が円心状に延びており、なだらかな丘に向かって坂道を上ると、日本植民地時代の閑静な住宅街がいまも残る。海に囲まれた気候の穏やかさや費用面でのメリットから、最近、中国語留学の穴場として市内の大学で短期留学する日本のシニア世代も増えている。

そんな留学生のたまり場として知られるのが、餃子(ぎょうざ)専門店「大福餃子館」。マネジャーを務めるのが、董建波(45)さんだ。毎朝8時、調理場のスタッフと一緒に餃子の皮をこねることから一日の仕事が始まる。
1999年開業のこの店は、皮が薄くて具がぎっしり、とても一口ではほおばれないジャンボサイズの東北名物・水餃子が売り。しかも安い。20個入りの豚肉の餃子がわずか10元(約150円)。変りダネも多く、大連名物のサザエ入り餃子(38元)なんてのもある。サザエのコリコリした歯ごたえと、つるんとした餃子の皮が口の中で踊る。定年後に大連でつつましく学ぶ留学生にとってはありがたい店なのだ。

大連育ちの董さんは、いわゆる改革開放世代。女性でもバリバリ働くのがあたりまえの中国だから、素材選びから厨房まで自ら陣頭指揮をとり、日々売り上げアップを目指している。50種類以上はあろうかという豊富な具材と「安い、うまい、大きい」に徹したお客様第一主義の商売が人気を呼び、今年3店舗目の支店が市内にオープンした。

高校を卒業後、ホテルのレストランで働いていた。そこで知り合ったのがご主人。すぐに娘が生まれ、同じ職場で共働きはできないと、職を探した先が「大福餃子館」だった。
「その名のとおり、お客様に幸福を、という創業者のまじめな商売にひかれたんです」
長く仕事を続けてこられたのも、ひとり娘の虹さんを大学に行かせたいがため。年々受験戦争が激しくなる中国では、高校生は寝る間を惜しんで勉強漬けの日々を送る。仕事が終わると、急いで帰宅し、夜食に水餃子を作った。現在、娘は大連師範大学に通っている。

「将来、特に何をやってほしいとかはない。自分の好きな道を歩ませてやりたいのよ」
卒業後は政府が職場を決めていた時代は終わり、職業選択の自由があるのがいまの中国。豊かな時代に生まれた娘には自由な生き方をさせたい。それはこの国の親たちの共通の願いだろう。
(更新日:2007年01月15日)
編集協力:三菱商事

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