ベトナム最大の都市・ホーチミン市(旧・サイゴン市)は、急速な経済発展を続けている世界でも指折りの「イキのいい町」だ。ガラス張りの高層ビルの隣には、昔ながらの優雅なコロニアル様式の建物が寄り添い、ぴしっとスーツで決めた若い男女が携帯電話で話をしながら闊歩(かっぽ)する横を、天びん棒をかついだおばさんが行商する。
そんな町を撮り続けているのが、ここに生まれ育った写真家のホアン・テ・ニエムさん(47)だ。
「これまで何万枚、撮ったか分かりませんが、今でも毎日のように新しい被写体が見つかるんですよ」

その言葉通り、彼の写真が切り取るホーチミンの情景は実に多彩で、地元の人間ですら「え、こんなきれいな風景、あったっけ?」と感じてしまうこともあるほどだ。「コンピュータで作ったんじゃないの?」と疑われることもあるという。
「私はそういう細工は一切しません。信じてくれない人を、撮影した場所に連れて行くこともありますよ。そうすると、本当だ、写真と同じ風景がある、と驚いてくれます」
15年ほど前、趣味として始めた写真が次第に注目され、今や、ベトナム風景写真の第一人者と言われる存在。昨年はパリで、国外では初めてとなる写真展も開いた。

ベトナム人は日本人以上に写真が大好きで、カメラマンの数も多いが、自分の作品を売って生計を立てられるプロはほんの一握り。ニエムさんにしても、「写真の売り上げは、新しい機材や撮影旅行の費用に使ってしまうので、家事のかたわら開業医をして家計を助けてくれている妻には頭があがりません」と苦笑する。
下町の路地の中にある自宅2階の6畳ほどの個室が彼の仕事場で、来客へのお茶出しからデータの整理まですべて1人で行う。移動に使うのは愛用の古いスーパーカブ。これにまたがり、毎年6カ月以上は撮影旅行で、全国津々浦々を走り回っている。
そんな彼が最近、凝っているのはパノラマ写真だ。
「新旧、静と動など、いろんな要素が渾然(こんぜん)一体となっているのがホーチミンの魅力。パノラマ写真はそれを表現するのに効果的なんですよ。それらの写真を見た人が、ホーチミンがこんなに美しい町だなんて知らなかった、と言ってくれると、うれしくてうれしくて……」
休みなく成長するこの町は、大の男をまるで少年のように夢中にさせてしまう、そんな魅力を今日も生み出し続けている。
(更新日:2007年02月13日)
編集協力:三菱商事

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