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エレベーターの扉が開くと同時に、インクのにおいが鼻をくすぐる。
次に訪れたのは地下の印刷工場。重たい扉を押して部屋に入ると、ごう音に包まれた。身長の3倍はありそうな輪転機が猛スピードで回り、刷り部数を示す横のメーターも猛スピードで上がっていく。ガイドさんが何かを言っているが全く聞こえない。
部数減に悩んでいるとはいえ、朝日新聞は朝刊・夕刊あわせて1000万部超というマンモス媒体。毎日1700トンの紙と27トンのインクがおよそ300台の輪転機を通して新聞紙となり、全国に配達されていく。ここ東京本社にあるのは6台1セットの輪転機が4セット。全国25カ所の印刷所が日々フル回転している。

さて、通路の一画に集合した一行は、印刷の仕組みを実験を通じて勉強する。
回覧されたのは、棒状の「活字」ブロック。小学生のころ、印刷所でランニングシャツ姿の職人さんが'活字拾い'をしているのを見たことがある。かつてはこれを紙面通りに並べたものを、鉛板(えんばん)で型取りして印刷していた。現在はぐっと工程も短縮され、コンピューターに入力された文字がレイアウトごとアルミ板に焼き付けられて、刷板(さっぱん)と呼ばれる原版になる。
「ではこれをどうやって印刷するのか、実験します」
ガイドさんが刷版のミニチュアをインクで塗りつぶす。その上に水をかけると、あら不思議、画像と文字のところだけインクが残り、あとは流れてしまう。
秘密は大豆の油からできたインクにある。刷版の画像や文字部分は油になじむように、印刷しない白い部分は水を吸うようにできている。水と油の反発作用を利用すれば、印刷したいところだけにインクが乗るよう調整ができるというわけ。これをいったんゴムでできたブランケットローラーに写し、さらに紙に写せば印刷物の出来上がり。「オフセット印刷」と呼ばれるこの仕組みは、カラー印刷を大きく進歩させたが、30年を経た今、すでに最新技術とはいえない。
最後に発送室で「日本でもっとも早く夕刊を読むのは皆さんです」と夕刊を渡され、さらにいろいろなお土産をいただいて解散。勉強会メンバーも収穫は多かったようだ。

新聞業界のピンチが叫ばれて久しい。
ネットにあふれる無料のニュース、記者より早く事故現場から動画をネット配信する市井の人々。かつて新聞のライバルはテレビだったが、そのテレビも今や形勢不利である。
「でも、紙媒体は残ると思います」
勉強会を束ねる先生は語った。ただし紙で必要とされる情報の質が変わると思う、と。
自分に関して言えば、今、自宅にはテレビがない。パソコンでラジオを聴き、ニュースはネット経由で知る。高速かつ大量に勝手に届く情報をいったん落ち着いて俯瞰(ふかん)するために活用しているのが、新聞だ。とはいえ紙である必然性もなく、iPadのような電子端末で読めるようになったら、それはそれで歓迎というのが本音である。
30年前、オフセット印刷の導入で新聞は劇的に変わったが、次の30年、いや10年で新聞はどんな居場所、どんな立ち位置を見つけているのかは、誰も確信をもって予想できていない。ライターとしての自分に関しても、それは同じことだ。
取材の締めくくりにちょうどいいと、帰りは築地の場外市場に立ち寄った。移転に関する張り紙も目につく。ここもまた、時代の波に洗われている地だ。

(取材/山田静)
(更新日:2010年06月21日)





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