日本一のさくらんぼの生産地・山形東根 そのルーツは、実は新宿御苑
明治7(1874)年、内務省勧業寮が山形に苗木を配布したのが起源
明治政府 内務省 勧業寮農学課は日本の近代農業振興の目的で、今の新宿御苑の地に「内藤新宿試験場」を設置。欧米の技術と品種を導入し、果樹・野菜の栽培、養蚕、牧畜などの研究を推進しました。
実は日本中の農産物(特に果実)のルーツの多くは、この内藤新宿試験場にさかのぼることができます。
栽培面積2500ヘクタールと、今や日本一の規模を誇る山形のさくらんぼ。実は苦難の歴史の繰り返しでした。
明治7年に全国20県に配布されたさくらんぼの苗。当時は雨よけのシートを張るなどの技術が開発されていませんでした。このため、雨に弱いさくらんぼの栽培は、梅雨の時期と実がなる時期が多少ずれる山形以外には定着しませんでした。
唯一残った山形にしても、細々と試験栽培されるだけでした。天気まかせの「ばくち」―果実をつくると貧乏になる、とまで言われていたようです。

明治40年、山形盆地の北部に位置し、山形市からおよそ20キロ離れた東根の地からも奥羽本線を利用できるようになり、流通経路を得た東根には盛んに入植者が入り、果実栽培が盛んになりました。
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