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ニッポン彩発見 こだわりの生産地

目からウロコの「うまいもん」情報が満載 Vol.01 佐藤錦 80年間頂点に君臨し続ける、史上最強のさくらんぼ

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佐藤錦には「生みの親と育ての親」の存在

明治末期から大正初期、山形では黄玉とナポレオンが人気品種でした。しかし、これらの収穫時期は梅雨と重なるため、雨による実割れに悩まされました。また、「黄玉は甘いが、柔らかくて傷みが早い」「ナポレオンは固くて日持ちするが、酸が強い」と、それぞれの品種には魅力と欠点がありました。

佐藤錦の生みの親 佐藤栄助氏
佐藤錦の生みの親
佐藤栄助氏

もっと素晴らしいさくらんぼを作る
佐藤錦の生みの親・佐藤栄助氏の熱い思い!

「何とかして、黄玉のように甘く、ナポレオンのように実が固いさくらんぼを作れないか? それに、収穫が梅雨と重ならないように、早く実るさくらんぼを…」

東根で生まれ育ち、当時果樹園を経営していた佐藤栄助氏はそう考えたのでした。

大正元年 佐藤錦の誕生まで、あと16年

ナポレオンを母に黄玉を父に選び、両品種の欠点を補い、魅力を引き出す佐藤氏の道のりが始まりました。その後、佐藤錦を生み出すまでに、何と16年もの歳月を費やすことになります。

ナポレオンと黄玉の魅力と欠点

  魅力 欠点
ナポレオン 果実が固くて輸送にむく。
実が大きく、色も鮮やか。
実りが遅くて梅雨にぶつかる、
雨に濡れて実が割れる。
また、酸味が強い。
黄玉 実りが早く、梅雨にぶつからない。
甘く食味が良い。
果肉がやわらかくて保存が難しい。
イメージ写真
佐藤錦発祥の地の石碑、
下は現在の石碑

ナポレオンのつぼみからおしべを取り除き、黄玉のおしべで受粉させ、古雑誌の紙を張り合わせた袋で覆う。こうして実ったさくらんぼから、タネを取り出してまく。芽を出したのは500個のタネから、わずか10本にも満たなかったそうです。

このようにして50本ほどの苗をつくり、その中から20本を選び大切に育てたのです。苗はすくすくと成長し、大正11年に初めてさくらんぼを実らせました。さらに、大正13年に5本に絞り込み、ついに最も優れた1本に絞込みました。

イメージ写真

その実は、粒が大きくて味は黄玉のように甘く、ナポレオンのように固く締まっていました。その上、収穫時期も従来のナポレオンに比べて1週間近くも早くなりました。

このさくらんぼこそが、佐藤錦の源流です。

イメージ写真
佐藤錦の育ての親
岡田東作氏

佐藤錦の育ての親 岡田東作氏

栄助翁の友人で果樹の苗木生産を手がけていた、中島天香園の岡田東作(おかだ・とうさく)氏が、昭和3年、このさくらんぼに「佐藤錦」と名付けて普及に乗り出しました。

佐藤錦の苗木作りは困難を極め、本格的に販売ができるようになったのは、昭和14年でした。

命名から11年。佐藤錦は全国の農家に広まることが可能になりました。

佐藤氏は、この画期的なさくらんぼを、新品種として登録するようすすめられましたが、皆が自由に栽培できるようにと、登録をしませんでした。

こうした「生みの親」と「育ての親」の志と努力で、佐藤錦は全国の農家へと広がりました。

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