
沖縄では、明治初期にはマンゴーが植樹されていたようです。当時は沖縄から多くの人々が開拓移民として東南アジアや南洋諸島に移住しました。その方々が持ち帰ったのが始まりのようです。また、先にアメリカからマンゴー栽培が伝わった台湾からも、様々な品種が持ち込まれたようです。
開花・受粉シーズンを迎える時期に沖縄では多雨になるため、病害がひどく、栽培は広がりませんでした。その後、1974年に沖縄の農業試験場でハウス栽培技術が開発され、問題の雨害を解決し、沖縄でもようやく商業栽培が始まりました。
しかし、本来のマンゴーはどんどん背が高くなるため、そもそもハウスでの栽培が困難になるという課題が残り、本格的な栽培には、さらなる技術の開発を待つことになりました。
マンゴーの木を高くしない剪(せん)定などの栽培技術の確立、さらに、1981年以降、台風にも壊れない丈夫なハウス設置に対する、国や県や市町村の補助がなされ、初めて、沖縄のマンゴーは本格的に栽培されるようになったのです。


沖縄のフルーツ全般にいえることですが、個々の品種の生産量が少なく、大量流通の仕組みに乗りにくいため、ほとんどが地元消費で終わってしまい、本土の人間の口にはなかなか入りません。キーツマンゴーはまさにそうした典型です。
見慣れたアーウィン種の赤い完熟マンゴーは平均果重400グラムですが、キーツマンゴーは平均で700グラム、大きなものは2千グラムにもなります。イメージ的には赤ん坊の頭ほどの大きさになります。


私が訪ねた豊見城市にある大城繁男さんのマンゴー園地の入口には養蜂箱がたくさんありました。この蜂がマンゴーの受粉に活躍します。
マンゴーの花序には平均2千〜5千個もの花が付きます。最初はたくさんの実がなりますが、その後、自然の落果と人の手による摘果により、有望な実を絞込み、最後に残した有望なマンゴー1個を大切に育てます。農家の方々は最終の収穫イメージを想像しながら、日々の手入れをします。
丈夫に育てるには、2種類のひもが重要な役割を果たします。重い果実をつり下げるひも、上に伸びようとする枝を引っ張るひもです。巨大なキーツマンゴーが実ると、枝は実を支え切れずに折れてしまいます。そのため、ある程度の大きさになると、果実一つひとつをひもでつって支えます。同時に、樹勢が強いキーツマンゴーが上に伸びないように、下からもひもで枝をひっぱります。イメージは大きな盆栽という感じです。

マンゴーの肌は紫外線に弱いので、一つひとつに傘や袋をかけ、美肌に育てます。こうした農家の手間ひまが、立派な実に育てます。亜熱帯の沖縄、それもハウスの中は猛烈な暑さです。本当に農業は大変です。
キーツマンゴーは完熟まで枝につけておくと、発芽してしまうので、完熟の少し前に収穫します。
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