

昭和の日本のまちには、たくさんのお肉屋さんがありました。牛・豚・鶏のすべてにこだわるのは難しいので、それぞれの得意な肉があったものです。鶏ならあの肉屋、豚ならあそこがうまい。そんな風に肉屋を使い分けていた家庭も多いものでした。
放牧地にほど近い清水精肉店の清水和夫さんは、まさに豚を知り尽くした肉屋です。
「清水さんは豚の血統と餌と飼育状況を聞いて、どんな肉質になるかわかるから、すごい人ですよ」(桑原さん)
富士宮の食肉処理場は1頭1頭、豚を管理しています。大きな処理場では、農場ごとに豚をまとめて管理するので、富士の放牧豚のように、少量多品種の豚の生産では対応できません。
清水さんは言います。「肉屋っていうのは、目の前に生きた豚がいたら、これを肉にして売れるのが本物。最近はブロック肉を切るしかできない肉屋も多いからね…」
こだわりの肉が流通しない理由は、こうしたプロの肉屋さんの減少も背景にあります。画一的な大量食肉処理施設にも限界があります。そろそろ、大量消費一辺倒の流通モデルは、見直しても良いころではないでしょうか。
氷で囲まれた清水さんの冷蔵庫には、背割り状態の様々な品種の豚肉が熟成されています。
「放牧豚は肉の締まりが全然違うから、こうして熟成させて、食べ時を見極めます。モモの付け根の尻の肉なんかは、グッと引き締まっているね」(清水さん)
昔ながらの木とガラスのショーケース。そこには水っぽさとは無縁の、熟成された豚肉だけが横たわっていました。こんなお肉屋が近所にある、富士と富士宮の住民は幸せです。


後継者問題が叫ばれる農業ですが、富士農場サービスには多くの若者が働いています。世界に誇る豚を飼育し、その人工授精を担当している誇りもあるのでしょう。皆さん、とても元気です。
農場の皆さんと一緒に、桑原さんの極上豚を溶岩プレートで焼いて食べました。富士山の厚い溶岩には所々に気泡があり、余分な脂を落としてくれます。また、高い蓄熱力で、分厚い肉も焦げないで、じっくりと火が入り、とても具合が良いです。



血統にも、飼育にも、処理にもこだわった豚肉。塩、コショウだけで、驚異的な味わいです。脂の融点も低く、たくさん食べても胃にもたれません。これだけおいしいと、この豚に関わった人々への感謝の気持ちでいっぱいです。
血を守る人、育てる人、肉にする人、そして、その価値を理解し伝える人。この4役がそろって、初めて、こだわりの豚は世に出ることができるのです。
出所が確かで、安全でおいしいものを継続的に食べるには、その価値に敬意を表する気持ちが必要です。敬意を表し、その値を払う。そうすることで、持続的な農業の発展が可能になります。富士山のふもとに集まる、豚に人生をかける人々。もっと、多くの人に知って欲しいです。
写真:八木澤 芳彦
(更新日:2006年10月11日)
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