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2010年1月16日朝日新聞夕刊紙面より
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東京タワーの向こうに、平成を象徴するレインボーブリッジとお台場が望める=2009年2月、本社ヘリから、上田幸一撮影

レインボーブリッジにお台場のビル群――平成を象徴する海浜とは反対の方角を望む客室から、ホテル「ザ・プリンスパークタワー東京」は埋まる。その人気の部屋は、窓外の風景を300メートル先の東京タワー(東京都港区)が占める。オレンジ色と白の塔を、冬の夜、暖色のライトが染め上げ、チロチロと燃える暖炉や囲炉裏の火を連想させる。

隣の東京プリンスホテルを含め、35年間泊まり客を迎えてきた従業員の加藤義道さんは「幸せな気持ちが満たされるのでしょう、タワーを見上げ、笑顔をこぼす方が多いのです」。

昭和33(1958)年12月23日に、「世界一高いテレビ塔」として完成した東京タワー。どのように人々の目に映ってきたのだろうか――。

映像製作会社「ロボット」社長阿部秀司さんは小学3年のときに母と乗ったタクシーの中から、上部が出来上がっていない東京タワーを見た。「何だ、この大きなものは」と衝撃を受けた。二度と見ることがない建設途中の姿を再現したいと47年後、映画を作り上げた。CGを使った「ALWAYS 三丁目の夕日」。日本アカデミー賞の最優秀作品賞などを受賞した。

280万人が映画館に足を運んだ。「お客さんの多くは当時の元気さや人のぬくもりに触れたいと考えたのでしょう。空へと伸びる東京タワーのように、『豊かになりたい』と焼け野原の終戦から高度成長に向かった時代でしたから」

高度成長の波は、最先端の東京タワーにも押し寄せた。

60年代、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの家電や自動車のメーカーが製品を展示するショールームが設けられ、購買意欲につなげようと「夢」を演出した。完成10年後の東京タワーの特別展望台(250メートル)から撮った写真には、高層の「霞が関ビル」(千代田区、68年完成)の姿があるが、他に高いビルはなく、圧倒的に優位な存在だった。

あのとき

材料の一部、米軍戦車のスクラップ

東京タワーの建設は、東京のテレビ各局の電波をまとめて関東一円に流そうと計画され、昭和32(1957)年6月に着工。重量は約4千トンで一部の鉄材はスクラップした米軍の戦車が原料だった。1年半で完成し、高さはパリのエッフェル塔を抜き、333メートルと自立鉄塔としては世界一に。オレンジ色と白に塗られているのは航空機のパイロットらが識別できるためだ。

現在、アナログとデジタルのテレビ放送やFM放送など計24波を送り出している。来年の地上デジタル放送完全移行後、東京都墨田区に建設中の東京スカイツリー(634メートル)が同放送用電波塔として12年に開業する予定。東京タワーから送り出す電波がどうなるのか、未定だ。

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