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2010年2月6日朝日新聞夕刊紙面より
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キャンディーズの解散コンサートの映像に熱狂する「大同窓会」のファンら=2008年4月4日、東京都文京区、飯塚晋一撮影

1976年から78年にかけ、奇妙な入れ墨をした高校生が全国を飛び回っていた。左腕に「キャンディーズ」、右腕には「RAN」。「盲導犬クイールの一生」の著者で編集者の石黒謙吾さんだ。

高校に入る直前の春、地元金沢でキャンディーズのコンサートを見て「すべてをささげる」と決意。肉体労働で電車代を稼ぎ、駅構内に寝泊まりしながら鈍行列車で追いかけた。片っ端からチケットを買い、見たステージは100を超える。「あの魅力を現代の若者に説明するのは難しい」と石黒さんが話すキャンディーズとは、何だったのか。

歌謡番組のアシスタント3人組が、73年にTBSの「8時だョ! 全員集合」のレギュラーになってから注目を集め、75年には「年下の男の子」でNHK紅白歌合戦に初出場。76年に登場したピンクレディーと人気を二分した。

キャンディーズがそれ以前のアイドルと明確に違ったのは、コンサートに軸足を置いたことだった。75年の蔵前国技館「10000人カーニバル」からは、本格的に公演で全国を駆け回った。

それと呼応するように「全国キャンディーズ連盟」なるものが生まれた。75年に東京の大学生から自然発生的にできた「全キャン連」は瞬く間に全国へ広がり、会員数は5万とも10万とも言われた。

全キャン連のファンは、紙テープを何百本も会場に持ち込む。投げるタイミングも、かけ声を掛ける間合いも、すべて決まっている。メンバーの自宅に行かない、追っかけをしないという不文律も、全国レベルで周知徹底された。

あのとき

レコード700万枚売り上げ突然引退

1970年代のアイドルグループ「キャンディーズ」が、人気絶頂だった77(昭和52)年7月のコンサートで突然、解散を宣言し、78年4月4日に後楽園球場でのコンサートを最後に引退した。当日は5万5千人のファンが集まり、「日本歌謡界史上最大のショー」と話題になった。

メンバーは、ラン(伊藤蘭)、スー(田中好子)、ミキ(藤村美樹)の3人。「普通の女の子に戻りたい」や「本当に私たちは幸せでした」は流行語になった。

引退までに、シングルレコード「春一番」「やさしい悪魔」「微笑がえし」など17曲をリリース。20枚のアルバムと合わせ約700万枚のレコードを売り上げた。引退後、一度も再結成はしていない。

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