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2010年3月27日朝日新聞夕刊紙面より
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1933年2月22日付東京朝日新聞朝刊

「高収入獲得をめざす競争に追われて、人と人とのつながりも薄れてしまった」と、秦さんは21世紀の若者気質を語る。弱い立場にある者同士の交流を描いた蟹工船の物語は、急成長を続ける中国で、読まれる意味があるとみる。

日本のマンガ版は、多喜二にかかわる書籍や国際シンポジウム開催を手がけた「多喜二ライブラリー」が企画して06年に出版。文庫本まで改めて売れる現象が広がった。

多喜二は、戦前は非合法だった共産党員を取り締まる特高警察の壮絶な拷問を受けて死亡した人だった。遺体には縄や焼け火ばしで締められた跡があり、太ももから下腹部は黒や朱色を混ぜたような色で膨れていたという。ペンにかかわる右の人さし指は、完全に折られてしまっていた。

30年に満たなかった生涯の大半を彼が過ごした小樽を歩いた。勤務していた北海道拓殖銀行小樽支店の重厚な建物はホテル・ヴィブラント・オタルに。海運を支えた石造りの倉庫が並ぶ運河は観光客の記念撮影のスポット。かつては様々な物資の集散地として労働運動も盛んだった小樽はいま、観光の街になった。

多喜二がこの風景を見ていた約80年前から現在までに、敗戦があって復興があってバブルがあった。物質的には、日本はいまも世界有数の豊かさを誇っているはずなのに格差問題が深刻化し、「閉塞(へいそく)感」ということばで表現される気分が社会を覆っている。

高度成長期、失業による父の失意を見たことが若い日の島村さんを多喜二に向かわせる契機になった。「経済や政治という人間が作りあげたシステムがひとりの人間にどう影響を及ぼすのか、考えよう」。多喜二はそう語りかけていると島村さんは思う。

システムに揺さぶられるひとりの人間は、そのシステムを正すひとりにもなる。

(永持裕紀)

証言

多喜二ライブラリーをつくった(日本オラクル初代社長)佐野力(ちから)さん

◆やさしくて、強い人だった

私は小樽商大出身で小林多喜二の後輩にあたります。在校時、虐殺された直後の下半身がまっ黒に腫れあがった写真を見て、すごい衝撃を受けたことがあります。人にこんな暴力をふるう国家って一体何なんだと強く思いました。

ビジネスの世界では、私は幸いにも成功しました。日本IBMで思う存分仕事をして、50歳目前でデータベース管理ソフトを開発・販売するオラクルの日本法人社長になりました。日本オラクルは2000年には東証1部に上場。この年度、高額納税者番付の上位に名を連ねました。

60歳で会社を辞めて、志賀直哉など白樺(しらかば)派の作品を展示する白樺文学館を、この派にゆかりの深い千葉県我孫子市につくりました。合わせて多喜二関係の資料を集めたりする多喜二ライブラリーも設けました。社会や地域への恩返しの気持ちでしたが、私は国家が抹殺した多喜二を復権させたかった。資本主義化の犠牲者ともいうべき弱い人々にはやさしく、不当な権力に対しては、殺されるまで抵抗するほど強かった彼を。

いま、特に若者の雇用環境は大変なことになっています。若い世代に夢や希望を与えられない国家や会社は長続きしません。多喜二が作品や生涯で訴えたのはそのことだったのです。いま彼が生きていたら、と考えることは、私にとっての大切な指針です。

(更新日:2012年02月22日)

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