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今から30年余り前の1978(昭和53)年末、北九州市小倉北区にある東陶機器(現TOTO)の本社工場で20代の社員4人に特命が下った。
米国企業から技術ライセンスを受けて細々と生産していた洗浄便座を、日本人向けにつくり直せないか――。経済成長に伴う住宅ブームが一段落し、洋式便器の販売にかげりが見えていた。「起死回生の一発を図る」ことがチームに与えられた使命だった。
温水でお尻を洗う洗浄便座は、社内でもあまり知られていなかった。そもそも、お尻にお湯を吹き付ける行為自体が妙な感じだった。「使ったこともない商品。本当に売れるんやろうかとよく話していた」と、バルブを担当した田中弘志さんは言う。
伊奈製陶(現LI×IL)は67年に国内初の洗浄便器を製造販売したが、十分浸透しなかった。下水道の整備が不十分で洋式便器の普及も追いついていなかったからだ。
その土台はようやく整いつつあった。55年には2割にとどまっていた洋式便器の出荷率は77年に和式を上回った。70年に16%だった下水道普及率も80年には30%に達する。
チームは連日、深夜まで作業を続けた。洗浄水を的中させるには、便座に座った時の肛門(こうもん)の位置を探らなければならない。社員からモニターを募り、データを集めた。
試作器を作ると自ら実験台になった。実験室で室温を0度、15度、30度に設定。洗浄水も冷水から49度まで少しずつ上げ、適温や噴射角度、安全性などを探った。「何度も温水や温風をあてるから、お尻がヒリヒリチクチクした」とノズルなどを担当した飯田正己さんは語る。
ノズルからの温水の噴射角度は43度、適温は38度と割り出した。販売を始めたのは80年6月。当初は「お湯が出ない」などの苦情と返品が相次ぎ、「子どもが誤って触り、水浸しになった」などのハプニングも続出した。
人気に火がついたのは2年後。女優の戸川純を起用したコマーシャルが耳目を集め、年間10万台を超えるヒット商品に成長。商品名の「ウォシュレット」は洗浄便座の代名詞となった。



TOTO歴史資料館などの資料によると、平安時代の貴族は便器に木製の「樋箱(ひばこ)」を用いていた。陶器製の便器が登場するのは明治初期で、愛知県の瀬戸や常滑地方でたくさん作られた。国産水洗トイレは1914年に誕生。17年に東洋陶器(現TOTO)が日本初の腰掛け式水洗便器の製造を始めた。
関東大震災後の復興事業や都市の近代化に伴い、陶器製が普及し、56年には日本住宅公団(現UR都市機構)が大阪市の公団住宅に洋式便器を初採用した。現在メーカーが開発を競っているのは「節水便器」。70年以降、便を流す水の量は13リットルが主流だったが、最近は6リットル以下が中心で、4リットルの製品まで登場した。





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