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地球発

色あせつつある昭和の数々の出来事を、再び深く掘り下げます。

2011年2月12日朝日新聞夕刊紙面より
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「旧制一中」である都立日比谷高校の推薦入試の合格発表。70年代に低迷した進学実績は、近年の入試改革で上昇している=2日、東京・永田町、宮坂写す

本格的な入試シーズンを控えた今年1月、都内の中学3年生を対象にした、都立高校の第1志望調査結果が発表された。全日制普通科で最も低い倍率だったのが、3年前に中高一貫校になった都立武蔵高校の女子。0.59倍で、このままでは「全入」だ。

「かつては府立第十三高等女学校だった多摩地域の伝統校。われわれの時代からは考えられない」と、同校の同窓会長で前衆議院議員の土屋正忠さんは驚いた。

安田教育研究所の安田理代表によると「決してレベルが下がったわけではない。中高一貫校の高校は募集枠が少ない上、中学から上がる子たちと差が出るなどと、敬遠される傾向が強い」という。

だが、仮に「全入」だったとしても実は入試はある。1963(昭和38)年8月に文部省が「定員に満たない場合も必ず学力検査を実施する」と通達を出したためだ。

敗戦後の46年、連合国軍総司令部(GHQ)は、高校像として「授業料なしの全入」「男女共学」「家事、農業、商業、工業とともに、専門学校、大学の入学準備になる総合的な課程」などを求めた。

文部省もこの方針に沿い、当初は、検査は行わず中学からの報告書だけで入学者を決定するとしていた。

ところが、高校側から「主体的な選抜ができない」と不満が上がり、54年には、志願者が定員を超えた場合の学力検査を容認。都市部では入試が広がった。一方、ベビーブームなどで進学希望者は急増。「中学浪人」も出るようになり、「高校全入運動」が起こる。63年の文部省通達は、これに対抗するかたちで出されたのだった。

あのとき

新制高校の「3原則」薄れた

1948年にできた新制高校は、だれもが高校に進めるよう、各地域に1校の「学区制」、進学にも職業にも通じる「総合制」、「男女共学制」という、いわゆる「高校3原則」をめざしていた。

だが、経済復興にともない、高校教育にも、産業界の要請が押し寄せた。51年には産業教育振興法が制定。吉田茂首相の諮問委員会は、職業教育の強化、普通課程と職業課程の学校分離、学区制廃止などを提言した。批判も浴びたものの、おおむね提言の方向に進み、進学校と職業校の色分けは鮮明になる。

50年に43%だった高校進学率が、63年に67%、75年に92%と、経済成長とともに急上昇した一方で、当初の理念は薄れていった。

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