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昭和32年生まれの島村輝(てる)さんが中学生だった1970年代初め、父親が失業した。三菱系の炭鉱会社で忙しく仕事をしていたが、石炭から石油へのエネルギー政策転換で会社は解散してしまった。
島村さんは東大文学部に進み、卒業論文は小林多喜二の初期作品をとりあげた。フェリス女学院大学教授を務める現在まで30年以上、多喜二文学を研究している。その彼のもとに、世界各地から多喜二の代表作「蟹(かに)工船」の翻訳の相談が続く。昨年から今年にかけてフランス語、スペイン語版が出版された。まもなく北欧初のノルウェー語版が出る予定。イランでも翻訳が進む。
それは世界各地で格差問題が深刻化している反映のようである。ノルウェーでは、北極圏に近い北部で低賃金での海上労働を余儀なくされる人がいる。約80年前、理不尽な「格差」に怒った人々を描いた蟹工船の世界が、いまも切実に受け止められる。
中国では昨年8月、「マンガ蟹工船」の中国語版が出版された。北京外国語大学日本学研究センター教授の秦剛さんが中心になった。
農村からの出稼ぎ労働者の問題は以前から深刻だが、最近では大学生の増加で、希望する会社に就職できない学生の就職難が問題だ。




1933(昭和8)年2月20日、貧しい人々を描くプロレタリア作家として活躍していた小林多喜二(1903〜33)が警視庁築地署で死亡した。発表は「取り調べ中に心臓マヒで急死」。この日に逮捕され、共産主義などの拡大を警戒する思想警察の特別高等警察(特高)による拷問を受けた結果だった。
小林は小樽の銀行に在職中の28年から中央でも名を知られる作家となり、特高は特に目をつけていた。29年9月「蟹工船」出版。極寒のオホーツク海でとった蟹の肉の缶詰を船上でつくる船に、農民・炭坑労働者ら様々な人が乗り込み酷使され、自発的なストライキを起こす物語。発禁処分になったが地下流通などで3万5千部が売れ、異例のベストセラーになった。






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