「これほど日本を理解している人たちがいた。それは新鮮な驚きでした」12年前、台湾に赴任したころの気持ちを小椋和平さん(52)はこう語る。

小椋和平さん
1954年生まれの52歳、2児の父。1979年三菱商事入社、電力関係の業務に携わる。入社5年でバグダッドに赴任、4年過ごしたのち関西に異動。1995年、台灣三菱商事会社に赴任、現在は董事長兼総經理(社長)として活動中、台湾日本人会常務理事でもある。
台湾の人々は親日的だとしばしば評される。実際訪れてみると、それが文字通り、いやそれ以上なことが実感できるはずだ。道行く車の多くが日本車で、日本製品のCMは日本語のまま放映され、将来住みたい国として日本を挙げる人がきわめて多い・・・それが台湾だ。ふだんの暮らしでも、「日本」を感じる機会は多い。
「日本語教育を受けた世代と話すときはもちろん、電力、鉄道、配電システムなど多くの基幹インフラに日本の手が加わっていることは日本を感じる時です。最近では、台湾高速鉄道の車体も日本を感じますね」
今あるこの親日ムードを生み出したのは、先人たちの存在が大きいと考えている。「日本の統治時代がよかった、とは思いません。しかし、当時の日本人と台湾の人々の間には目線を合わせた交流もあったのではないかと感じる時があります」
現在も台湾から見ると最大の輸入国であり、3番目の輸出国である日本だが、経済だけがその結びつきではないと語る。「もともと台湾の人々は、日本人が失いかけているものを持っているように思います」

それは例えば、「義理人情」のような湿り気を帯びた感情だったり、恩に報いようとする姿勢だったり、優しさの表現だったり。
「人付き合いが上手なんですね。ニイハオも言えない状態で赴任したのですが、市場に連れていってくれたり食事に招待してくれたり、そのホスピタリティの高さは身にしみました。お返しの気持ちも込めてなにかしたいと考えていたのですが、「陽明教養院」との出会いが気持ちに勢いをつけてくれたようです」
響き合う部分が多い日本と台湾だが、逆に、台湾の人々に対して困ることはないのだろうか?「おおむね、好きな面の裏返しです。親切すぎて道を知らないのに乗せてくれるタクシーがいたり。前向きな考え方からくる、「没有関係(メイヨウグアンシ=大丈夫)」にも戸惑うことがあります。客のズボンに水をこぼしたウエイトレスが、その客に「没有関係」と言った、なんて笑い話もあります」
しかし今はもうそんなことも気にならなくなるほど、「台湾」が日常となっている。

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