台北から車で30分、ジウフェンに足を伸ばし眺めのいい茶藝館(台湾茶の茶屋)に入った。われわれが陣取ったテラス席にはしゅんしゅんと湯が沸く音が響き、眼下には少しかすんだ古い街並みが広がる。慎重な動作で急須に湯を注ぐ小椋さんは、リラックスした中にも集中した表情を見せている。
台湾茶は赴任後始めた趣味、今日も手ずから香り高い茶を入れる。「こうしていると、気持ちが落ち着いてきます」

仕事に忙殺される日々のなか、このひとときはこのうえないぜいたくな時間。そしてもうひとつ、落ち着ける場所があるという。
「故宮博物院です。お気に入りの宝物がいくつかあるんですが、面白いもので、例えば青磁は、そのときの心境によって色の見え方が違うんですよ」
現在は単身赴任の身、家族が台北にいた時期は週末になると陶器で有名な鶯歌や、木彫りのまち・三義などを訪れていたが、今は好きな歴史関連の書物を読んだり、マッサージで体をほぐしたり。「台湾で困るのは、なんでもおいしいので太ってしまうこと。運動はゴルフ程度なので、「陽明教養院」で院生と踊ったりすると、息があがってしまうこともあるんですよ」
特産のフルーツは特に好物。豆腐を発酵させて揚げた「臭豆腐(チョウドウフ)」は香りに癖があり日本人は苦手とする人も多いが、これも好きな食べ物のひとつだ。

台湾で印象的なのは、元気なお年寄りの姿。それは、仕事においても同様だ。「オーナーカンパニーが多いせいか、長く働く方が多く、70歳代の幹部にお会いするのも珍しくありません」 それに続くのはいわゆる団塊の世代だが、台湾でも戦後世代は人数が多いという。
「ただ、日本語を話すのも教えるのも禁止、という社会状況下で育った世代ですので、必ずしもみなが親日的とは言えないことを念頭に置かないと、と思っています」
台湾の公営企業での定年は65歳ということも手伝い、もちろん彼らもまだ現役。彼らの夢のセカンドライフはどんな姿だろう?「ずっと元気に働いてお金を稼ぐのが楽しい、と感じる人たちだと思います。ただ、ハイテク企業のオーナーのような新しい世代の人々からは、50歳くらいで引退し、海外の別荘で悠々自適、といったケースも出始めているようです」
これらの新しい世代やさらに若い世代とどう付き合っていくかは、今後の日本と台湾の関係においても大切な課題だ。「メディアを通じて日本の情報はあふれています。あとは、人と人の交流の機会を作るため、文化交流や社会貢献をさらに深めていきたいですね」

会社でも積極的に現地の社員を登用し、彼らと対話する時間を大切にしている小椋さん。思い描く未来の日本と台湾のあり方はどんなものだろうか?
「文化や価値観を共有できるアライアンスパートナーとして、成り立っていってほしいです。同じ環境で働くフェアな関係を築いてほしい。そのためにも、もっと人の交流が必要なんです」
「陽明教養院」というフィールドを見つけたことで、小椋さんの気持ちはますます強まったように見える。当分、多忙な日々が続きそうだ。
(文・写真 山田静)
(更新日:2007年05月15日)

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