「ヤッ!」
「トウー!」
気迫のこもった掛け声が広い体育館に響く。
居合道着に身を包み、木刀を手にした生徒たちが整然と居合の稽古(けいこ)にはげむ様子は、日本で見慣れた道場の風景。様子が違うのは、彼らのばらばらの肌や瞳の色、彫りの深い顔立ち。と、先生が生徒たちを集めて解説を始めた。

堤寿彦さん
1978年三菱商事入社の54歳。日本では船舶部、機械総括部、船舶鉄構部などに所属。1991年から1996年にかけてロンドンに駐在、2003年からは伯国三菱商事リオデジャネイロ支店長として駐在。2004年4月から、リオデジャネイロ日本商工会議所会頭も務める。
ここはリオデジャネイロの日系協会講堂、流ちょうなポルトガル語で指導を行う先生が、堤寿彦さん(54)である。
堤さんがブラジルで居合を教え始めて3年になる。伯国三菱商事リオデジャネイロ支店長として日々を過ごすかたわら、居合道錬士6段・剣道5段の腕を生かし、各所で演武会やセミナー、昇段審査と武道の普及につとめ、2007年9月にリオで開催された世界柔道大会開会式でも居合の演武を行った。今日は地元の2道場の合同練習、20数名の生徒たちに居合と剣道を教えている。
「つばぜり合い」「上段」「下段」……解説の合間にはこんな日本語も聞こえてくる。足さばきを見せながら「サンバ」「ダンス」とブラジル人に馴染み深い言葉を使い笑顔を見せるが、彼らの所作に投げる眼光は鋭く厳しい。

やがて堤さんは生徒たちを向かい合わせ、真剣を持たせた。じりじりと間を詰め、ふたりの息づかいが少し荒くなる。頃合いを見計らって次のペアに交代。緊張感の漂うなか居合道の稽古は締めくくられ、次は剣道。「めーん!」「どーお!」。掛け声が館内に響き、同協会内にある日本語学校の生徒たちが物珍しげにのぞいていく。
窓の外にはからりとした青空が広がる、のどかな南国のお昼どきだ。
稽古のあと、生徒たちと堤さん夫妻のランチパーティにお邪魔した。
「精神的なものを求めて」

「日本の文化に興味があって」
武道を始めたきっかけは、日本のアニメ「るろうに剣心」や、映画「ラスト・サムライ」などで抱いたあこがれから、という人は多いという。居合は勝負というより精神性を重視する世界、とっつきにくくはないだろうか?
「最初は不思議でしたが、今は理解できたように思います。敵は自分のなかにいるんです」
「武道をはじめてからすべてが変わり、迷うことが少なくなりました。刀を持つようになったことで、ミスすることの大きさに気がついたからかもしれません」
皆、熱心に語る。今日の稽古は、真剣を使ったことでさらに印象深いものになったようだ。
「真剣で対峙(たいじ)すると、あるところまで近づくと怖くて足が止まってしまう。そこからの間合いをどうするか考えるのが重要です。そんな経験を通じ、人間関係の距離が測れる人になってほしいですね」
「武道は殺生のためでなく、心を高めるためのものだと理解してほしい」
武道の心、日本人の心を伝えることで、ブラジル人と日本人が理解しあえる助けになるといい。武道、そしてブラジルへの熱い思いが堤さんを突き動かしている。

1人の生徒は彼を「idolatrar(イドラタール=最高、素敵、崇拝する)」と称した。武道で彼らの世界を拡げ、あまり交流のなかった2道場の合同練習を実現させ仲間の輪を拡げてくれた堤さんは、彼らが尊敬してやまないサムライである。
「ブラジルのあちこちを回りセミナーも行ってきました。彼らの心は真っ白で、言うことをそのまま信じてくれる。こちらも一生懸命勉強してかからないと。自分を通じて彼らは日本を知り、やがてもっと深くかかわることになるかもしれません。人生を左右することをしているんだ、という自覚をもたねばと思っています」

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。