例えば、生徒の1人・ギマライスさんがそうである。
「強くなって村に道場を作りたい」
そう語る彼の故郷・ジアマンチーナ村は18世紀のダイヤモンドラッシュで栄えた地。コロニアルな街並みは世界遺産にも認定されている。だが村そのものは貧しく、身寄りのない彼は孤児院で育てられた。働くために出てきたリオで武道、そして堤さんと出会い夢が定まった。いつか故郷に戻って、子供たちに武道を教えるのだ。彼に頼まれ、堤さん夫妻は飛行機で2時間、バスで7時間の道のりを超えて村を訪れ、演武を披露したことがある。

「忙しくて会場に来られない、という人のために、夜になってバーの前で演武をして。大道芸人だね、なんて笑い合いましたよ」
妻の早苗さんはおかしそうに回想する。だがそのときの体験は深く印象に残り、堤さんは今も村と関わり続けている。とりわけ、日本の大学で美術を学ぶ長女への影響は大きかった。
「彼女にその話をしたところ、その次にブラジルにやってきたときはリオに寄らないで直接村に行き、孤児院に泊まり込み子供に工作や絵を教えて過ごしたそうです。自分が学ぶ芸術が、社会とどう関われるかを考えていた時期だったので、彼女の得たものは大きかったのでしょう」
武道はもとより、自然環境保護活動や孤児院への寄付など、今の堤さんは会社人としても私人としても積極的に社会貢献活動に関わっている。2007年には伯国三菱商事創立50周年を迎え、社員で相談し、貧しい公立の50ヶ所の小中学校に500個のサッカーボールを寄付した。そんな活動の大切さを実感したのはギマライスさんがきっかけだったかもしれない、と言う。
取材最後の日、生徒たちと堤さんの姿はイベントの会場にあった。2008年は日本人のブラジル移民百周年。記念行事の一環として、今日は武道に関連した講演と居合道・剣道の演武が行なわれるのだ。迫力の演武を静まり返って見つめていた観客も、最後に体験打ち込みを、と呼びかけられるとがぜんにぎわいだした。渡された竹刀を手にとり、生徒たちの面に打ち込んでいく。盛り上がる場内を見守る堤さんの顔は、柔らかくほころんでいた。
「絶対に、皆さんも次はジアマンチーナに来てくださいね」
別れ際、演武で汗ばんだ顔でギマライスさんは我々を見送ってくれた。
「明るさ、大らかさ、そして人の潜在力」
ブラジルの明るい未来を感じさせるものとして、堤さんはこんなことを挙げた。ただそれを無理して伸ばしていく必要もないと感じるという。
「彼らのテンポで、彼ら自身で伸びていってほしいです」
まな弟子たち、そしてブラジルの未来を信じて、この地で伝えたいことはまだまだ残っている。

(文・写真 山田静)
(更新日:2007年12月01日)
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