「外国といえば、ブラジルだと思っていました」
伯国三菱商事リオデジャネイロ支店長として赴任し4年。熊本で生まれ育った堤寿彦さん(54)は、幼いころからいつかこの地へ来ると決めていたという。
「遠い親戚に移住した人がいたという話や、小さいころから『ブラジル』という言葉を耳にしていたんでしょう」
武道に熱中した青春時代を経ても夢は消えることなく、大学ではポルトガル語を学ぶ。やがて血気さかんな21歳の堤青年は、革命が起こった直後の1975年当時のポルトガルへ留学した。

それから20年、商社マンとしてキャリアを積んだのちのリオデジャネイロ赴任は運命的とも言えるできごと。暮らしてからはますますこの地に魅かれるようになった。特に明るいカリオカ(リオっ子)たちは魅力的で、付き合うと奥が深く面白い。例えば時間の使い方だ。
「ビーチで1日、なにもせずのんびりしてしまっても、彼らは無駄な時間と思わない。いわば能動的にのんびりしているんですよ」
時間の無駄、という概念がないのは仕事でも同じ。資源大国として世界で存在感を高めるブラジルだが、この地で仕事を円滑にすすめるために必要なのは、商売の駆け引きのベースとなるコミュニケーション力、会話力。

「1時間打ち合わせをして50分は雑談、ということも。でも、最後の5分で決まればいい。むしろそういう雑談のできる力、引き出しの多さが求められているように思います」
サッカーやサーフィン、なんでもいい。仕事以外で世界を広げ、ブラジルに溶け込むようにつとめるといい、と社員たちにも日々伝えている。武道での交流でつかんだ堤さんの実感だ。
「本質から外れないで、まっすぐ進むところ……子供たちに対しても、本質から外れなければ自由にさせています。それと、すごく大変なことを、大変そうじゃなくやってのけるところ」

妻の早苗さんにお願いし、「夫のここが好き」というポイントを挙げてもらった。高校時代に出会いそのまま人生の伴侶となった早苗さんは自らも居合道三段の腕前。結婚直後にアメリカに留学した行動派で、子育てが一段落し二人の暮らしに戻った今、23年ぶりに剣を手にして夫と行動を共にしている。「どうやら剣道も私にやらせたいらしくて」と苦笑するが、その顔は楽しげだ。
転勤が多い商社マンの暮らしは、家族への影響が大きい。リオの赴任時には長女は日本に残り、一緒にリオに来た長男は2004年にNYへ留学し、翌年次女は日本の大学で食品化学を学びはじめた。
家族が5人揃ったのは4年前が最後かもしれません。今はこいつが子供の代わりですよ」
愛犬バロンとビーチを散歩するのが毎日の楽しみ。バロンの名付け親だった長男は、高校でロック部の代表を務め、百名のメンバーを率いているらしい。「そんなタイプじゃなかったのに」と堤さんは目を細める。

2008年、ブラジルでは日本移民百周年の節目を迎え、このまちでも数々の行事が予定されている。リオデジャネイロ商工会議所会頭を務める堤さんは中心的役割を担うが、その行事にあわせ、「上の娘が『日系移民の方々のために、富士山の石をリオに持ってこよう』という計画をたてているんですよ」
前編で触れたジアマンチーナでの体験は、こんな深まりを見せているのだ。
「人生は差し引きでバランスがとれているはず。見返りを求めないでやることは、いつか、自分に返ると思っています」社会貢献活動についてこう語っていた堤さんだが、思わぬ形で返ってきているようだ。

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