「12年前、はじめてこの牧場に来たときに恋に落ちたのよ。」上気した顔でバーバラ・ピメンテルさんが語るのは、ニューヨーク郊外・ローズランド牧場の馬たちのこと。ここで暮らす馬の多くは、怪我や病気、あるいは老齢などの理由で一線を退き、訪れる観光客の相手をしながら余生をのんびり過ごしている。バーバラさんがこの牧場でボランティア活動を始めて1年あまりになる。2週に1度は週末を牧場で過ごすという彼女に同行させてもらった。

バーバラ・ピメンテルさん
米国三菱商事にPR担当として入社。現在はコーポレート・コミュニケーション業務に従事し、社会貢献活動や広報に携わる。
ニューヨークのグランドセントラル駅を朝6時30分の電車で出発し、ハドソン川沿いに北上すること2時間。「POUGHKEEPSIE(ポキプシー)」という耳慣れない名前の駅に降り立つと、あたり一面雪景色だ。深呼吸すると、きんと冷えた澄んだ空気が肺を満たす。雑木林や農地の間にコテージや小さな家が点在し、空は目に痛いほど青い。ダッチェス・カントリーとも呼ばれるこのエリアは、都会に暮らすニューヨーカーたちが豊かな自然や新鮮な食べ物を求めて訪れる行楽地。マンハッタンのにぎわいとはあまりに違うが、ここもまた、ニューヨーク州なのである。
「ハーイ、スティルツ!」
「インディアン、マイベイビー!」

牧場に到着すると、バーバラさんとボランティア仲間のモニカさんは待ちかねたように厩舎に向かった。スティルツもインディアンも、バーバラさんお気に入りの馬。「ほら、この頭の白いところが'ピープス'っていうマシュマロに似ているの。だからみんな、スティルツのことはピープスって呼ぶのよ。」端正な栗毛の馬に時折ほおずりしながらブラッシングし、鞍やあぶみをつける。鞍ひとつでも15キロくらいあるというので、それだけでも重労働だ。15歳のスティルツは人間でいうと60歳ぐらい、もと競走馬だけあって足腰がしっかりしている。ぶち毛のインディアンは25歳と高齢で、腰と尻を痛めて引退し牧場に来た。「でも、ここでならまだ働けるわよね。」ほほえみかけるバーバラさんに、インディアンは顔をすり寄せた。

牧場での彼女は忙しい。滞在中は、早朝から厩舎の掃除と馬の食事の用意。放牧されていた馬たちが山から戻ると、手入れにひと汗流し、訓練を手伝ったり観光客の乗馬の手伝いをしたり。戸外に行けない馬の世話もある。「これがピストル、病気で目が見えなくなったの。怖がるからそーっとね」。厩舎の片隅に1頭の馬がたたずみ、傍らに置かれたCDプレイヤーからは軽快な音楽が流れている。人の気配を感じたのか、見えない目をこちらに向け、警戒する様子だ。「見えないことに慣れていないから、今は人間や、ほかの馬に慣らす訓練をしているの。」寂しがるので、音楽はずっとかけっぱなし。彼が再び風と大地を感じる勇気を持つには、まだまだ時間をかけないといけないという。

「馬は私にいろいろなことを教えてくれる。人間の最良の仲間だと思う。」雪景色の中、干草を食べたり、じゃれあったりする馬たちを眺めながらバーバラさんは言う。命令に従うだけの存在ではなく、気持ちのやりとりが感じられるのだと。
「そして、とても美しい生き物。放牧から戻り、山から下りてくる光景はそれはきれいよ。」
広大な牧場には現在52頭の馬が暮らし、うち45頭はもとの仕事から引退した馬。宿泊施設やプール、テニスコートも完備され、周辺でスキーやスノーボードも楽しめるこの牧場は、週末は家族連れでいっぱいになり、馬たちも体調に応じて忙しく過ごせる。
「働けないからといって安楽死させず、できるだけいい環境の中、自然に生涯をまっとうさせてあげている。この牧場には、本当に感謝しているんです。」バーバラさんは寄り添ってきたインディアンを抱きしめた。

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