街路樹が茂る道路は掃除が行き届き、周囲の家はくたびれてはいるがよく手入れされている。向こうからは、ぴんと糊の利いた学校の制服姿の少年たちが歩いてきて、我々を見て笑顔で手を振ってきた。

訪れたソウェト地区は、反アパルトヘイト暴動の拠点となったタウンシップ(居住区)。ヨハネスブルグで1、2を争う治安が悪い場所として知られるが、地区の中にはネルソン・マンデラ氏の旧宅やこの地で起きた反アパルトヘイト暴動の記念館などの見どころもあり、ツアーで訪れる外国人観光客も多い。2006年度アカデミー外国語映画賞を受賞した「ツォツィ」は、ヨハネスブルグのソウェト地区に生きる青年を描いた南アフリカ産の映画だった。エイズで母を失い、とことん貧しく無知で荒んだ主人公ツォツィや周辺の暮らしの描写はアパルトヘイトの傷の深さを物語っていたが、少なくともここソウェトの観光スポットの周辺は街路も整備されむしろ雰囲気は明るい。
明るさの理由のひとつは、子供の多さと彼らのかもしだす空気だ。下校の時間帯に居合わせたのか、道行く子供たちはみな制服や襟付きシャツ姿でかばんを提げている。広いソウェトの中でもとりわけ貧しい、崩れそうなバラックが建ち並ぶエリアは外国人は下車するだけでも危ないと言われるが、そこでも学校帰りらしい子供たちが走り回っている。交差点では、通りがかりの大人が子供たちの道路横断を手伝っているのも見かけた。古びていても清潔そうなその服装からは、彼らがきちんと世話されていることが伝わってくる。
滞在期間中何度も、「教育が大事」と大人が口にするのを耳にした。例えばこの国のどらく世代はアパルトヘイトが撤廃された91年当時は30代、40代の働き盛り。政府が変わったからといって従来の社会観を根本から変えるのは難しく、「南アフリカに暮らす恵まれた人々は、異文化や異なる人種の人と付き合うのがあまり上手ではないように思います」と、この地に長く暮らす日本人は見る。また、HDSA(ヒストリカル・ディスアドバンテージド・サウスアフリカン=歴史的に不利益を被った南アフリカの人々)は自分たちが満足な教育を受けるのもままならなかっただけに、次世代にかける期待は大きいという。政府の雇用政策がHDSAに手厚いことも手伝い、今の南アフリカでは、貧富の差が広がりつつも優秀な人には肌の色に関係なく、豊かな未来へのチャンスが開かれはじめているのだ。

「ヨハネスブルグの六本木です」。在住の日本人が冗談めかして案内してくれたのは、夕食にと訪れたメルローズ・アーチ。美しいショッピングセンターや大企業のオフィスが連なるサントンからほど近い最近オープンしたスポットで、ライトアップされた広場におしゃれなレストランが並んでいる。オープンテラスにも客があふれる盛況ぶりだ。
イタリアンレストランに陣取り、ペペロンチーノのパスタを南アフリカ名産のまろやかな赤ワインでいただきながら周囲を見渡すと、客は様々な肌の色の人達でにぎわっていた。翌日訪れたアフリカ料理レストランでは、フェイスペイントや占い、踊りや歌などさまざまな趣向をこらして客を楽しませていた。民族調の衣装を身にまとい、凝った内装の店内で迫力あるダンスを披露する4人の少女たちを眺めながら、前の日に訪れたモレワネ小学校の子供たちのパフォーマンスを思い出した。
この国の若さやエネルギッシュさを感じることの例として、糸井さんは「子供が多いこと」を挙げた。7人くらいの兄弟姉妹も珍しくないというたくさんの子供たち。彼らが作り上げていく南アフリカはいったいどんな姿になるのだろうか。
(文・写真 山田静)
(更新日:2007年06月22日)

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