沖縄は、やっぱり人だよね。
沖縄が好きで好きで、何度も通いつめ、やがて移住まで考えてしまう。そんな重度の「沖縄病」患者たちは、口をそろえていう。特に、おじい・おばあと呼ばれるお年よりを筆頭に、年齢を重ねた人ほど面白い、と。

「マグロを納めに築地に行ったら東京タワーが見えてさー。あー、こんなところで働きたいなーと思って。で、マグロ漁船は降りて東京で新聞配達よ」取材の合間のお昼どき。那覇の観光タクシー運転手・外間(ほかま)さん(60)の身の上話に大笑いしていた。中高年以上のウチナンチュ(沖縄人)、特に次男坊以下の男性は、生活のため若いころは島の外に出ることも多かったという。外間さんは知念の漁師の家出身、8人兄弟の次男坊。子供時代の話を始めると、目が輝いた。「自分の食べ物は自分で海で捕まえるんだ。魚は手で捕まえるよ。ぱっと、目を押さえるんだ」
祭事のときには大きな魚と交換で豚を手に入れ、年齢の数だけ塩漬け肉の切り身を食べさせてもらったという。「豚はごちそうで、あのころはウニのほうが安かったな。てんぷらで20円、でも、だいたいは自分で獲ったのを揚げてもらうんだ」ヤギや豚が当たり前に庭にいて、家の周りには山ほど食べ物がある。ウチナンチュは、圧倒的な豊かさの中で暮らしてきた人々なのだ。

滞在していた本部(もとぶ)は、明治時代からの歴史を持つカツオ漁で知られる地。まちの食堂でもたたきやみそあえにしたカツオ料理が楽しめる。港に行くと、一本釣りの竿を積み込んだカツオ漁船が出港の準備をしていた。ついでに、港近くの小さなマチグヮー(市場)を散策してみる。
ほのかなダシの香りと思ったら、カツオ節を山積みにしたよろず商店だ。撮影のお礼に1本カツオ節を買い求めようとしたら、店のおばあが「いいよ、(あなたには)削るのめんどうよ」と売ってくれない。それよりこれをつまみなさい、と、もずくのてんぷらを差し出してきた。「おばあのおじいが採ったもずくよ」
どうやらおやつタイムらしい。てんぷらを手に振り返ると、肉屋の看板に「山羊 あひる」の文字。「アヒルは汁にするよ。喉にいいんだ。でも元気になるには、山羊がいちばん」とタクシーの運転手が説明してくれた。なんというか、この島にもこの人たちにもかなわない。

今回、サンゴ礁保全プロジェクトのメンバーが滞在していた民宿「ペンションびせざき」のあるじ・熊本進さん(77)もまた、おじいの生きのよさを実感させてくれた人。
奄美大島で生まれた熊本さんは、19歳のときに仕事を求め那覇にやってきた。アメリカ兵が行き交いドル紙幣が流通する当時の沖縄は好景気に沸いていて、「10ドルあれば3人で飲んでタクシーで家に帰れた」という。とはいえ一歩山野に入れば戦没者の遺骨が無数に残り、働く傍ら遺骨収集の手伝いもしていたと熊本さんは振り返る。波乱の時代の沖縄で青春を過ごした熊本さんに、今の若者はどんな風に見えるだろうか?

「役たたんねぇ。失業率も高いし」笑いながらも、親が甘やかすからいけないさ、と矛先はどらく世代に向いていた。「僕らの子供たちには、例えば果物を買ってきても丸ごとはあげなかった。四人に四等分してあげるんです。でも、それはそれは喜んでねえ。いまの親は、ああいう喜びをあげてこなかったんじゃないですかね」
では今の日本については?と聞くと、「五分五分だな。格差は広がっちゃったけど、戦(いくさ)をしないでここまで来れたのは、よかったと思いますよ」これだけは真面目な顔で答えてくれた。
(文・写真 山田静)
(更新日:2007年07月27日)

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。