トンテンカンテンとブリキを叩き伸ばす職人がいる。
パジャマのような日常着・アオババ姿で籐のうちわを手にくつろぐおばあさんがいる。

ハスの花を山積みした自転車を引くのは、すげ笠姿のはっとするような美少女だ。
……絵になりすぎて、うそっぽい。
ハノイ旧市街の撮影で、困った気分になった。アジア大都市はその多くが、古いまち並みに開発や新しさの影が忍びよる独特のコントラストの面白さがあるが、この旧市街にはそんな影もない。
ハノイはそれほど大きなまちではない。点在する湖の周辺に商店街が発達し、なかでも中心となるホアンキエム湖の北側には旧市街が、南側には土産物店やオフィス街が広がる。ほぼ飽和状態の市街地を避け、現在、ハノイは外へ外へと拡大しニュータウンを形成している。
だだっ広い道路にまばらなバイクと車の姿。通りの向こうには、7月に開催されたサッカー・アジアカップ会場のスタジアムが唐突に建ち、周囲には高層マンションがぽつぽつと並んでいる。西洋趣味のデザインはアジアの大都市郊外によくあるマンションと同じだ。その広々とした空間は、ごちゃごちゃとした旧市街とのギャップがあまりにも大きい。

「前よりはましになりましたけど、あそこへの道はすごいですよ」ビンフック総合病院を訪れる前の日、服部さんからそんな話を聞いていた。
ハノイの北西に位置するビンフック省は、海外の工場が続々と進出する新興工業地帯。道を進むにつれ、有名自動車やコンピューター、家電メーカーの看板が目につくようになる。流通の便をはかるためもあり道路整備が進行中なのだが、問題はこの舗装工事がなかなか進まないこと。

ハイウエイから外れビンフック省に向かう狭い道路に入ると、もうもうたる砂ぼこりに包まれた。周囲には整然とした田園が広がり、水牛も闊歩するが風情を愛でるどころではない。自転車で走るすげ笠姿の女性たちはみな口もとを覆っている。よく見ると水牛もほこりだらけだ。
道路から少し離れたところに牛の群れを見つけた。近寄ってカメラを構えると、掘っ立て小屋のような家から子供達が走りよってきた。発展著しいように見えるベトナムだが、ベトナム女性と結婚した知人の話では、内陸部の妻の実家に電気やガスが通ったのは2年前のこと。砂煙を上げ走るトラックを眺めながら、小さな女の子に将来の夢を聞くと、「洋服を作る仕事をしたいの」恥ずかしそうに答えた。

「優しくて、不ぞろいな人たち」。ベトナムをよく知る日本人が彼らのことを例えた。不ぞろいとは例えば、一丸となって進むのではなく、古い物、新しい物、両方取り込んで進む姿勢。旧市街はそのまま残そうとしながら開発にも積極的。国の開放を推進しながら、建国の父ホーチミンを敬愛する心はあまり変化がない。今回の取材でも、ホーチミンの遺体が安置されるホーチミン廟はあまりの混雑に入場を断念した。
「ホーチミンは毎晩、立ち上がってハノイのまちを巡検するんです」。本気とも冗談とも願望とも判断しかねるそんな話を、ベトナム人から何度も聞いたことがある。

最終日の夜、ホテルのバーに出かけた。高層階のオープンテラスから見下ろすと、ささやかな夜景が眼下に広がっている。「100万ドンの夜景ですよ」。河内さんがそんな冗談をいう。日本円でおよそ7500円、香港などと比べてしまうと寂しいが、現在この国では南北高速鉄道や高速道路の計画が続々と進んでいる。10年後、20年後には多分もっと高い値がつく夜景が広がるはずだが、おそらくそれは、他のアジアの国のように一斉に輝くものではなく、不ぞろいに、自分たちに心地のいいペースで広がっていく光なのだろうと思う。
(文・写真 山田静)
(更新日:2007年09月21日)

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