たとえ当事者でなくても、誰もが「あの日」の記憶は持っているのではないだろうか。2001年9月11日朝、日本では夕食後の家族団らんの時間。マンハッタンのワールド・トレードセンターに飛行機が激突、ツインタワーは崩壊した。その非現実的な光景をテレビで、インターネットで、あるいは現場近くで世界の人々は呆然と眺め続けていた。

グラウンド・ゼロとも呼ばれるワールド・トレードセンター跡地に隣接した記念館「トリビュート・オブ・ワールドトレードセンター」には当時のニュース映像や建設当時の写真、消防士の服などが展示されている。壁を埋め尽くす行方不明者の写真や彼らに向けてのメッセージを涙を浮かべて見つめる人も多い。
現在、グラウンド・ゼロは新しいオフィスやショッピング街として生まれ変わるべく、2010年代の完成を目指し急ピッチで工事が進められている。周囲はカバーつきのフェンスで覆われているが、のぞき込む見物客のせいであちこちでカバーは破られ、フェンスにも穴が開いている。大きめの穴を順番にのぞきこむグループがいたり、見晴らしがよさそうな生け垣に上り警備員に叱られる人がいたり、ピースサインで写真を撮る女の子グループがいたり。観光地そのもののにぎわいだが、ツインタワーが消えぽっかりと見晴らしのよくなった空に、時おり飛行機が通りすぎると、一瞬沈黙が流れ人びとは一様に空を見上げる。

景気は減退しつつあると言われながらも、このまちにはあちこちに大規模な建築現場があり、訪れるたびに風景は洗練され、清潔になっていく。10年前なら昼間でも足を踏み入れることをためらわれたハーレムも、今は夜のひとり歩きも用心すれば大丈夫。「夜の地下鉄は危険」といったガイドブックの注意事項もいまは昔だ。
バーバラさんの地元・ブルックリンもまた同じ。移民の人びとが多く住む郊外エリアだったのが、ここ数年は家賃の安さにひかれたアーティストたちが移り住み、ギャラリーやカフェが次々オープン。イースト・リバー沿いにはマンハッタンを一望できる遊歩道が整備され、ちょっとした観光スポットになっている。

夜のブルックリンを訪れ、夜景スポットとして人気のブルックリン橋のたもとをぶらついてみた。遊歩道は橋の上まで続き、冬空のもと行き交うのはジョギングする若者、散歩中の老夫婦、寄り添うカップル……。ゴージャスなマンハッタンの夜景を背景に、一幅の絵のような光景が続いていた。
整備が進むいっぽうで、古いものを保存しようとする動きも活発だ。マンハッタン北部、コロンビア大学やハーレム周辺にある石造りの家を訪れた。数百年前の建物を改装して暮らすアーティストのカップルは、周囲の風情ある建築物を保存しようと運動しているのだという。
グラウンド・ゼロを公園などで保存せず新しいビルを建てるまち。
古い建物を積極的に保存しさらに魅力を増すまち。
ヨーロッパの古都でも、アジアの新都心でもなかなか実現できないことを、ニューヨークというまちは軽々と同時に進行させているように見える。あまりにもたくさんの価値観や人びとが同時に存在し、それぞれのやり方でみなが前に進もうとするこの地の「なんでもあり」な居心地のよさは、世界のどんな都市でも得られないもの。あの日のテロの衝撃の強さは、ニューヨークが象徴するものが壊れたように見えたからかもしれない、と今になって思う。
滞在中、テレビには連日大統領選挙の関連番組が映し出されていた。とりわけ、初のアフリカ系(黒人)大統領候補として注目のオバマ議員、同じく初の女性大統領候補であるヒラリー議員はトーク番組やバラエティ番組にも引っ張りだこのようだ。見栄えもよく愛きょうもたっぷりの二人が繰り返し繰り返し呼びかける「この国の未来」という言葉は、ニューヨーカーの耳にはどう響くのだろう。
(文・写真 山田静)
(更新日:2008年02月02日)

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