ここに2枚の地図がある。どちらも広東省の省都・広州のツーリストマップだが、1枚は2007年11月発行、もう1枚は1986年9月発行。見比べると、20年の間に路線バスは36路線から200路線以上に増え、地下鉄も開通した。とりわけ目を引くのは、膨張したまちの様子だ。20年前の地図では建築中の体育館だけがぽつりと表示され、住宅地を示す赤い着色もまったくない市街東部は、2007年の地図では道路や商業ビル、オフィス、ホテル名がびっしり。ここ天河地区は、今や中国南部のビジネスの中枢なのである。



2010年のアジア大会を控え、広州は恐ろしいほどの進化を遂げている。空港の滑走路が2本から5本に増え、地下鉄は12号線まで開通予定。2006年の統計によれば、広東省全体のGDPは台湾とほぼ同規模の3350億ドル、電子通信、電気機器、石油化学産業などを中心に国内外の企業がここに基地を置き'世界の工場'としての存在感を高めている。
平日の昼間、天河地区を散策した。ビジネスマンたちがスターバックスコーヒー片手に足早に通りすぎていくが、それを悠然と追い越していくのは、自転車に引かれた荷車だ。荷台には荷物ではなく、こぎ手の友人らしい男性が乗っていて、カメラを向けるとピースサインで応じてきた。市街地へバイクの乗り入れが禁止されているせいもあるのか、高層ビルの谷間には自転車や荷車など、人力で物を運ぶ人が多く行き交う。ビジネスの中枢にしては、のどかな光景である。

「食は広州にあり、でしょ?」
地名から日本人が連想するのはなんといっても「食」。実際、このまちの魅力を知りたいなら飲茶屋に行くのが手っ取り早い。朝から茶を楽しみ、点心をほおばり、語らい笑い合う人々のエネルギーに圧倒されるはずだ。
横浜の中華街などに早くから進出した広東料理店の洗練された味は、日本人をたちまちとりこにした。飲茶で供される餃子やシュウマイ、肉まんなどの点心や、飲茶スタイルの食事も世界で親しまれている。中国の名菜は数々あるが、世界への浸透度から言うと、広東料理に勝るものはないだろう。

味に癖が少なく、各種の食肉や、カレー粉やマヨネーズなど海外発の調味料などあらゆる食材を柔軟に使いこなし新たな味を生み出し続ける広東料理は、外に開かれた広州の風土を象徴しているようにも思う。

一方で広州は、2200年近くの歴史を誇る古都。海のシルクロードの中継地点のひとつとして、世界の富と文化が行き交うまちだった。そんな風情を今に残すのが、沙面の風景だ。
石造りのまち並みを街路樹が包み、遊歩道を歩いていると下校途中の子供たちとすれ違う。目立って立派な建物は重要文物、「1911年建設/旧台湾銀行」「清末建設/旧フランス郵便局」など掲示されている。広州の中心を流れる珠江に作られた人工島・沙面は、アヘン戦争後に租界地として交易が盛んに行なわれた「広州の出島」。ここからほど近い「上下九路」は、古建築「騎楼」を再現した街並みにレストランや商店が建ち並び、海外のチャイナタウンのような活況を見せている。天河地区とは対極に位置する光景だが、古いものを保存する動きが各地で起こっているのには、少しほっとさせられる。希望工程のようなボランティア活動が盛んになってきたことといい、中国がまた一歩近代化に向けて歩みを進めている証なのかもしれない。


上下九路から真新しい地下鉄に乗り、天河地区に戻った。地下鉄・広州東駅の構内には開催間近の世界卓球のポスターが大きく掲げられ、福原愛の顔もある。駅から地上に出ると、並木道の向こうに高層ビル・中信広場とウエスティン・ホテルが高々とそびえる。その方角に歩きながら、ファッションビルの前でいい香りをさせていた屋台の焼き芋を1つ3元(約50円)で買い求め、あつあつを頬張る。粘り気があり栗のように甘味が強いこの味だけは、昔と変わらない。
(文・写真 山田静)
(更新日:2008年03月01日)

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