年をとるにつれ昔の出来事の記憶は薄らいでいく。だけど、あの4人に関する「この日」だけは、忘れてしまいたくはない。20世紀最高のファブ・フォーをこよなく愛する人たちへ。ビートルズの4人にまつわる日付を手がかりに、思いつくまま、気の向くまま、つらつらと記していきます。
ポール・マッカートニーが健在ぶりを示した。65回目の誕生日を前に2年ぶりのソロアルバム「メモリー・オールモスト・フル」をリリース。ビートルズ解散以降、ベスト盤とライブ盤を除いた作品は通算21作目というから、「2年に1枚」を上回るペースだ。
ここ数年はツアーも意欲的だ。受賞こそ逃しはしたが、2年連続でグラミー賞にもノミネートされた。リンゴにも新作発表の予定があるらしい。すでにジョンとジョージがこの世を去り、半分になってしまったビートルズ。残された2人が活躍するニュースを耳にするだけでもうれしいものだ。
新作のニュースを聞いて、つくづくポールは勤勉な人だと思った。僕が中学生だった30数年前、先妻リンダやデニー・レーンらと組んだバンド「ウイングス」は絶頂期を迎えていた。あれからジョンの射殺、一時的なスランプ、リンダの死など人生の苦難を何度も乗り越え、音楽活動を続けてきた。何か一つのことを達成しても、すぐ次のことに向けて考える性格らしい。映像編アンソロジーでは、そんな仕事熱心なポールにリンゴが脱帽するシーンが出てくる。
ポールが音楽に取りつかれたきっかけを、ジョンの美術学校時代からの友人で音楽紙「マージー・ビート」の創刊者ビル・ハリーは、母の死という悲劇に結びつける。看護婦だった母親メアリは45歳のとき乳がんに冒される。14歳だったポールは母の死を知らされ、「母さんの稼ぎがなかったら、ぼくたちはどうなる」と言った。その言葉の裏側にある深い悲しみが、彼を音楽の世界へ没頭させたに違いないと。
メアリはたびたびビートルズの歌に登場する。「どうやって生計をたてているの、家賃はどうやって払っているの」。「レディ・マドンナ」は働きものだった母親への賛歌だ。「レット・イット・ビー」では、苦しみ悩んでいる暗黒の時に「マザー・メアリ」が姿を現す。グループ内でほかの3人との疎外感に悩んでいた。リンダとの最初に産まれた娘には、メアリと名付けた。
父親ジェイムズの名誉のために一言付け加えるとすれば、妻の死後も飲んだくれることも女と出て行ったりすることもなく、ポールと弟の2人の子どもの面倒をしっかりみたそうだ。弟のマイクは「俺たち兄弟は父親に大きな借りがある」と後に語っている。ポールが音楽を始めたのは、ジャズバンドを結成していた父親の影響でもある。
新作の話題に戻るが、2番目の妻との一連の離婚騒動の渦中ということもあり、「追憶の彼方に」(邦題)というアルバムタイトルもなにやら意味深だ。
40年前の6月1日、ビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発売された。その中の1曲「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」はポールが16歳のころ原形をつくり、その後、64歳になった父親に捧げるために作り直したとされる曲だ。 「僕が老いぼれてもバレンタインやバースデー・カード、それにワインも贈ってくれるかい」
64歳のバレンタインデーを、再婚した妻と別居して迎えることになろうとは、40年前に歌でも予想できなかっただろう。母の死を経験して以来、どんな困難が身に降りかかろうとも、音楽を癒しの糧にして前を向いてきたはずだ。また、新しいメロディーが生まれて来るに違いない。


コーヒー・チェーン「スターバックス・エンターテイメント」と、「コンコード・ミュージック・グループ」が共同で新レーベル「ヒア・ミュージック」を設立した。ポール・マッカートニーは、その第一弾契約アーティストとなった。
上林 格(かみばやし・さとる)
1962年生まれ。この年、ビートルズが「LOVE・ME・DO」で英国デビューした。1986年、朝日新聞社に入社。東京本社社会部、地域報道部、東京総局など勤務。東京版で「ビートルズの目撃者 日本公演から40年」を連載した。

(更新日:2007年06月18日)
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。