年をとるにつれ昔の出来事の記憶は薄らいでいく。だけど、あの4人に関する「この日」だけは、忘れてしまいたくはない。20世紀最高のファブ・フォーをこよなく愛する人たちへ。ビートルズの4人にまつわる日付を手がかりに、思いつくまま、気の向くまま、つらつらと記していきます。
1962年10月5日、ビートルズの記念すべき英国デビューのシングル盤レコード「ラヴ・ミー・ドゥ/P.S.アイ・ラヴ・ユー」が発売された。
コアなファンには周知の事実だが、A面の「ラヴ……」には3種類の公式バージョン(版)がある。ほとんどの人が耳にしている版で、リンゴはドラムスではなくタンバリンを演奏している。そして、B面の「P.S.……」でドラムスを担当しているのは熟練セッション・ミュージシャンのアンディ・ホワイトで、リンゴはマラカスを振っているだけだ。
こうなった原因は、録音を指揮したEMIのプロデューサー、ジョージ・マーティンの考えによるところが大きい。
デビュー・シングル発売に向けた録音は、62年6月6日、9月4日、同11日の計3回行われたが、3回ともドラム担当者が違っている。正確なテンポを刻むドラム演奏に慣れていたジョージ・マーティンの「耳」を、若きピート・ベストもリンゴもすぐには満足させることができなかったからだ。
ビートルズがEMIで初めての録音に臨んだ6月6日、ピートがドラムをたたいた。この版は、95年11月世界同時発売の「アンソロジー1」に収録されてようやく日の目を見る。全体にテンポは遅く、サビと間奏でシャッフル系からエイト・ビートにリズムが変わるなど不安定な演奏だ。
ジョージ・マーティンは録音が終わるとピートを部屋の隅に呼び、「次はスタジオ・ミュージシャンを雇う」と告げた。当時はセッション専用のドラム奏者を使うことは珍しくなかった。
8月にピートはビートルズを解雇される。ジョージ・マーティンの指摘が自然と最終的な方向を突いていたのは確かだが、解雇の理由ではない。ピートの母に電話で釈明した内容から、マーティンの基本的な考え方が伝わってくる。
「ピートを辞めさせなければならないとは言っていない。ビートルズの最初のレコードだから、セッション・ミュージシャンを使ったほうがいいと思うと言っただけで……。それにファンというのはドラム演奏の質には特別の注意を払いません」
2回目の録音があった9月4日、新メンバーのリンゴがドラムスを担当した。ところが左利きなのに右利き用のキットを使っていたリンゴは、ロール演奏がうまくできなかった。どうしてもビートが速くなったり遅くなったりする。この日は、スティックではなくマラカスでハイハットを刻む妙なテクニックも試みた。
そのときジョージ・マーティンには、リンゴの本当の実力が分からなかった。ビートルズと危険を冒す心構えもできていなかった。ポールに「リンゴはやめよう。このレコードでは別のドラマーを使いたい」と告げた。
3回目の録音の日、スタッフの記憶によればリンゴはスタジオにあったドラムに触ってもいない。スタジオに行くと「プロのドラマーがいるから」と言われ、静かにコントロール・ルームで座っていた。そのうち「ラヴ……」でタンバリンを担当し、「P.S.……」ではマラカスの演奏を頼まれた。
いよいよデビューという段階になって双方に歩み寄りがみられた。最初にシングル盤として発売されたバージョンは、タンバリンが入っていない「リンゴ」版に決まった。
マネジャーのブライアン・エプスタインは自分が経営するレコード店で1万枚注文したり、BBCとラジオ・ルクセンブルクに手紙を出すキャンペーンを仕掛けたりした。英国のヒット・チャートで最高位は17位。
ところが、63年3月発売のアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」では「アンディ」版が収録された。このころからEMIは「アンディ」版を正式版扱いにし、シングル盤やEP盤も「アンディ」版に差し替えている。ベスト盤「ビートルズ1962―1966」(通称・赤盤)にも「アンディ」版が収録されている。
一方、リンゴが演奏した版は珍品扱いとなった。解散後に発売された編集盤「ビートルズ・ボックス」と米国盤「レアリティズ」に収録されたが、2作ともCD化はされていない。英国で最初に発売された、センターレーベルが赤色のドーナツ盤は、いまや収集家にとって垂涎(すいぜん)の的だ。
「リンゴ」版の原盤は長らく「紛失した」とされていたが、デビュー20年後に「発見」され、82年11月に「アンディ」版と組み合わせた12インチ・シングル盤で発売された。いまはCDアルバム「パスト・マスターズVOL1」で聴くことができる。
さて、ジョージ・マーティンにドラマーを降ろされたリンゴは、そのことを何年も恨んでいた。内心は「ピートの次はおれか」と相当焦っていたはずだ。マーティンから何度か謝罪を受けたというが、アンソロジー(本)では「完全に許しちゃいないからね」と記している。
98年に発売されたリンゴのソロアルバム「ヴァーティカル・マン」には、いまやロック・クラシックにもなった「ラヴ……」が収録された。ジョンの代わりにスティーヴン・タイラーがハーモニカを担当。リンゴは、昔年の恨みを晴らすかのようなパンチの利いたドラミングにあわせ、実に心地よさそうに歌っている。

本文中に登場するアルバム



上林 格(かみばやし・さとる)
1962年生まれ。この年、ビートルズが「LOVE・ME・DO」で英国デビューした。1986年、朝日新聞社に入社。東京本社社会部、地域報道部、東京総局など勤務。東京版で「ビートルズの目撃者 日本公演から40年」を連載した。

(更新日:2007年10月05日)
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