年をとるにつれ昔の出来事の記憶は薄らいでいく。だけど、あの4人に関する「この日」だけは、忘れてしまいたくはない。20世紀最高のファブ・フォーをこよなく愛する人たちへ。ビートルズの4人にまつわる日付を手がかりに、思いつくまま、気の向くまま、つらつらと記していきます。
ビートルズの「全米制覇」を象徴する出来事といえば、1964年2月9日午後8時から9時(東部時間)に全米に放映された「エド・サリヴァン・ショー」を挙げたい。
日曜の夜のゴールデンタイムに毎週放映された、米国史上最も有名な音楽バラエティー番組。新聞の編集者やラジオ番組のパーソナリティーだったエド・サリヴァンが、CBSテレビに抜擢され、48年6月から71年6月の23年にわたり司会を務めた。
2月7日、ジョン・F・ケネディ空港に降り立ったビートルズは、その瞬間から、全米すべてのマスコミの露出の対象になり、一挙一動がほとんど生で報じられた。
米国は前年11月に起きた「ケネディ暗殺」の衝撃から抜け出せないでいた。4人は、喪失感に襲われた米国人の希望の光として受け入れられた。歴史には必然性がある。
それまで英国のポップ・グループや歌手が米国のチャートで成功することはまれだった。
ところが、前年12月下旬に発売されたシングル「抱きしめたい」は3日間で25万枚が売れ、1月10日には100万枚を超え、1月13日はニューヨークで1日に1万枚を売れる勢い。2月初めに米国の2大音楽誌チャートの1位に輝くと、63年に英国で発売されたほかの3枚のシングルと2枚のアルバムすべてが、この時期にチャートを邁進する異常現象が起こっていた。
その熱狂の渦中に渡米して3日目になる日曜の夜。スタジオに集まった観客728人を前に約14分間出演。「オール・マイ・ラヴィング」「シー・ラヴズ・ユー」など5曲を演奏した。
7300万人の視聴者をテレビにくぎ付けにし、72%の視聴率を稼ぎ出した。
「ビートルズ出演中はニューヨークで青少年の犯罪が1件もなかった」。この記念すべき瞬間についての逸話は事欠かない。この瞬間を見た翌日、ブルース・スプリングスティーンやビリー・ジョエルら後に米国のミュージック・シーンを支える若者たちは楽器屋に走ったという。
4人は16日、マイアミ・ビーチのホテルから生中継で「エド・サリヴァン・ショー」に出演する。7000万人が視聴したと推定されている。米国を離れ、ロンドンに戻った23日も3週連続で出演。初日の出演前に録画しておいたもので、厳密にはこれが番組初出演になる。
エドの声が歓声でかき消される。出だしは「ツイスト・アンド・シャウト」。緊張気味のジョンのボーカルはかえって凄みがある。
髪をオールバックにきっちりきめたエドと、モップトップ・ヘアの4人が一緒に並ぶと何とも奇妙だ。
56年にエルビス・プレスリーが番組に出演した際、エドはカメラマンにエルビスの腰から上だけを撮影するように指示した。視聴者にルター派の人や牧師、尼さんが大勢いることを理由にした。
ビートルズが初出演した時は、4人に対して他の出演者の演奏を礼儀正しく聴いているように注意し、「もしそれができなかったら床屋を呼ぶ」とも付け加えた。
半面、人気テレビ番組の司会者にふさわしく、若い感覚を持ち続けた人らしい。
ビートルズが番組に出演したきっかけは、63年10月31日、エドがロンドンのヒースロー空港でビートルマニアに遭遇したことに始まる。ビートルズはスウェーデン公演から戻ったところで、空港周辺は金切り声を上げるファンであふれかえっていた。
この人出に驚いたエドは、通りかかった人に何があるのかとたずねた。返ってきたのは「ビートルズだよ」という答え。思わず、「一体何者ですか、そのビートルズというのは」と聞き返した。
ホテルに戻ると、早速、ビートルズのマネジャーの名前を調べ、番組に3度出演するよう話をつけた。しかし、米国に戻ると、ビートルズの名前を知っているのは自分たちだけらしいと知り、悩んだという。
63年11月11日、ビートルズのマネジャー、ブライアン・エプスタインはニューヨークでエドの代理人と交渉した。
スターの番組出演料は1回につき7500ドルが相場だった。だがビートルズの場合、3回分の出演料として1万ドルが提示された。代理人は交渉成立後もビートルズが米国で無名であることを心配したが、エドは電話でこう伝えたという。「彼らには投資してみる価値がある」。
その直後、ケネディ暗殺事件が起こり、年が明けると「抱きしめたい」が大ヒット。歴史的な舞台は偶然も伴って整っていった。
「この日のビートルズ」の次回は、2月23日です(更新は22日)。この日はなんの日でしょうか? お楽しみに。

上林 格(かみばやし・さとる)
1962年生まれ。この年、ビートルズが「LOVE・ME・DO」で英国デビューした。1986年、朝日新聞社に入社。東京本社社会部、地域報道部、東京総局など勤務。東京版で「ビートルズの目撃者 日本公演から40年」を連載した。

(更新日:2008年02月08日)
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。