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この日のビートルズ

4月28日甲虫日記 「エリナー・リグビー」って誰?

人類がまだ月面着陸を夢見ていた1960年代、英国出身の4人の若者が世界を席巻した。ポピュラー音楽史の記録を次々と塗り替えただけではなく、文化、思想、生活スタイル、あらゆる分野に強烈な影響を与えた。語り継がれる20世紀最高のファブ・フォーの「この日」にこだわってみました。

夜明けのまち。何本も突き建つ工場の煙突が、静寂を破る汽笛とともに大型客船の煙突に姿を変え、一斉に煙を吐き出した。間髪入れず、「エリナー・リグビー」の演奏が始まる。映画「イエロー・サブマリン」の印象的なシーンだ。

この曲に登場する主人公エリナー・リグビーは、教会の清掃婦だ。婚期を逸した彼女は、一生独身を通して教会で息を引き取る。誰も参列しない葬儀。神父が手についた土をふきながら墓をあとにする。ピュリツァー賞作家のスタッズ・ターケルは、この曲を聴いて「私は孤独というものを肌で感じることができた」と語った。

1966年4月28日、アビイ・ロード・スタジオで楽器演奏のみの録音から始まった。バック・ヴォーカルを除いては、ポールと外部ミュージシャンだけで録音した曲だ。ストリングスのスコアはジョージ・マーティンが書き、指揮をとった。

ポールの多くの曲がそうであるように、この曲もポールがピアノの前に座っているときに、メロディーと冒頭の1行が浮かんできた。

清掃婦は最初のうち「ミス・デイジー・ホーキンス」と呼ばれていた。ポールは若い女性に設定していたが、結婚式のあとに教会でお米を拾ったのは年上の女性だろうと考えを改め、さらに自分自身の結婚式にも出席できなかった人物に変えた。曲作りは、いったんここで止まってしまう。

ポールは、主人公の「ミス・デイジー・ホーキンス」という名前になじめなかった。どうしても嘘くさく聞こえてしまうからだ。

そこでポールは主人公の名前を変える。「エリナー」とは映画「ヘルプ!」で共演した女優のエリナー・ブロンからとった。「リグビー」には別の由来がある。66年1月、ブリストルのキング・ストリート35番地に面した通りで恋人ジェーン・アッシャーの仕事が終わるのを待つ間、通り向かいの22番地にあった酒類出荷業者「リグビー&エヴァンズ・リミテッド」の看板に気づいたことからヒントを得た。

「ぼくは自然な名前を探していた。エリナー・リグビーという名前はとても自然な感じがした」

この筋の通った主張に対して、異説もある。

60年代に活躍したフォーク・シンガーのドノヴァンは、主人公の名前が「オラ・ナ・タンジー」となっていた初期のバージョンを聞かされたことがあるという。

ミュージカル「オリバー」を手がけたソングライターのライオネル・バートは、ポールと散歩した、ウィンブルドン・コモン近くの墓石に刻まれていた「エリナー・バイグレーヴス」に由来すると主張する。ポールはライオネルのオフィスに戻るなり、「あの曲」を鍵盤楽器クラヴィコードで弾き始めたという。かなり核心に迫ったエピソードだ。

驚くべきことに、84年の報道によると、「エリナー・リグビー」なる女性の墓が発見されている。場所は、ジョンとポールが初めて出会ったリヴァプールのウールトンにあるセント・ピーターズ教会の墓地で、1939年10月10日に亡くなっていた。

42年生まれのポール。子どもの頃に偶然目にした墓石の名前が、ずっと彼の潜在意識内に埋もれていた、と考えるのはこじつけになるだろうか。

ちなみに「リグビー」のヒントになったリグビー&エヴァンズ・リミテッド社の創業者は、フランク・リグビーというリヴァプール出身者だ。それも19世紀の設立当初は、リヴァプールのデイル・ストリートで営業していた。

ポールが感じた「自然な名前」の響きを、つい想像してみたくなる。

曲の創作過程に話を戻すと、エリナー・リグビーは最終的にケンウッドのジョンの家で完成した。4人とジョンの悪ガキ時代からの親友ピート・ショットンがその場にいて、全員がストーリーに関するアイデアを提供した。

神父の名前は当初ファーザー・マッカートニーだったが、ショットンがポールの父親だと誤解されるかもしれないと言い、電話帳をめくって「ファーザー・マッケンジー」に決まった。リンゴは、神父が「夜中に自分の靴下を繕う」という1行を思いついた。ジョージは、出だしの「孤独な人々をみてごらん」というくだりを考え出した。

2番の歌詞で、ポールはゴミ箱をあさっているような年老いた男を考えた。エリナーとゴミあさりの男に関係を持たせたかったが、結局はジョンに意見を求めて、その線はなしにした。

「彼女はひとりの男も知らない、男と寝たいようなそぶりも見えない、そんな女だった」

この物語をどうやって終わらせるか、ポールはエンディングで行き詰まった。

ショットンは、神父とエリナーの孤独な2人が出会い、神父がエリナーの葬儀を取りはからうというアイデアを出した。ところが、ジョンの「的はずれだ」という一言にショットンが気分を害して、その場はお開きになった。

その場では何も言わなかったポールだが、最終的にショットンの意見を採り入れて彼の貢献を認めている。

この発想豊かな曲は、ポールが語る66年〜67年の「とてもホットな時期」に書かれた。ストリングスを起用したことで「イエスタディ」の二番煎じと見られることもあるが、けして「イエスタディ」の焼き直しなんかではない。

「この日のビートルズ」の次回は、5月10日です。この日はなんの日でしょうか? お楽しみに。

お知らせ

「エリナー・リグビー」はアルバム「リボルヴァー」に収録された曲で、1966年の来日時にアルバム名を決める電報を打った記録が残っているという。

ジャケット写真

「リボルバー」

  • 1998年3月11日  EMIミュージック・ジャパン

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Profile

上林 格(かみばやし・さとる)

1962年生まれ。この年、ビートルズが「LOVE・ME・DO」で英国デビューした。1986年、朝日新聞社に入社。東京本社社会部、地域報道部、東京総局など勤務。東京版で「ビートルズの目撃者 日本公演から40年」を連載した。

(更新日:2008年04月28日)

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