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状況が一変するのは、63年12月になってからだ。ビートルズが欧州で爆発的に売れているという情報が米国にも届くようになり、ようやくキャピトルが重い腰を上げた。ヴィー・ジェイとの契約が続行する条件の下、米国でビートルズのレコードを販売する契約を結び、大々的なキャンペーンを始めたのだ。
この機に乗じてヴィー・ジェイは、棚上げしていたアルバム「INTRODUCING THE BEATLES」の発売を決断する。最近の研究によると、発売日はキャピトルのファースト・アルバム「MEET THE BEATLES」より10日早い64年1月10日だという。
「INTRODUCING THE BEATLES」は、英国発売のオリジナル・ファースト・アルバム「PLEASE PLEASE ME」に収録された14曲を、印税の支払いを少なくする目的から2曲少ない12曲にして再構成した内容だ。
冒頭の「I Saw Her Standing There」は、イントロのポールのかけ声が「1、2、3」までカットされ、いきなり「4」の叫び声から始まる。もっとレアなのはアルバム・ジャケット。英国で発売された4曲入りEP盤「The Beatles's Hits」と見比べてみるといい。すぐに、フィルムのネガを表裏反対に間違えた裏焼き状態になっていることに気づくだろう。急な決定で、慌てていたのかも知れない。
販売権をめぐるゴタゴタは、アルバム発売後も続いた。解決策として、キャピトルから販売する権利がないと通告されていた「Love Me Do」と「P.S. I Love You」の2曲を、「Please Please Me」と「Ask Me Why」に差し替えて再発盤を出した。
63年12月26日にキャピトルから発売されたシングル「I Want To Hold Your Hand(抱きしめたい)」は、たった1週間で75万枚を売った。64年1月16日夜、ビートルズはこの曲が米国の音楽業界誌キャッシュ・ボックスのヒット・チャートで1位になったことを知らされる。2月7日、ついにビートルズの渡米が実現する。
いわくつきのアルバムとなった「INTRODUCING THE BEATLES」だが、歴史的な「米国上陸」効果の恩恵を受け、2月29日から9週連続でチャート2位を記録した。その間、1位はキャピトル発売の「MEET THE BEATLES!」だった。
5月にはヴィー・ジェイが発売したシングル「Love Me Do」がビルボード誌のチャート1位に輝いた。「Twist And Shout」と「Do You Want To Know A Secret」は2位を記録。「Please Please Me」は再発盤が3位まで上がった。
時流に乗ったかに見えたが、契約上、ビートルズの楽曲を販売できたのは64年10月15日まで。ビートルズのおかげで相当な収益を得たはずの弱小レーベルも、元からの放漫経営がたたり、65年に倒産している。
「この日のビートルズ」の次回は2月18日です。この日はなんの日でしょうか? お楽しみに。

初のキャピトル盤「MEET THE BEATLES!」。キャピトルがアメリカ発売を躊躇した影響もあり、収録12曲のうち9曲は英国のセカンド・アルバム「WITH THE BEATLES」からの構成になった。11週連続1位。発売2カ月で365万枚売れた。


上林 格(かみばやし・さとる)
1962年生まれ。この年、ビートルズが「LOVE・ME・DO」で英国デビューした。1986年、朝日新聞社に入社。東京本社社会部、地域報道部、東京総局など勤務。東京版で「ビートルズの目撃者 日本公演から40年」を連載した。

(更新日:2011年01月25日)







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