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人類がまだ月面着陸を夢見ていた1960年代、英国出身の4人の若者が世界を席巻した。ポピュラー音楽史の記録を次々と塗り替えただけではなく、文化、思想、生活スタイル、あらゆる分野に強烈な影響を与えた。語り継がれる20世紀最高のファブ・フォーの「この日」にこだわってみました。
エーゲ海に浮かぶ小さな島を手に入れる。牧歌的な天国の島で、だれにも邪魔されず自由を謳歌(おうか)する。
「スタジオを建ててアルバムをつくり、エーゲ海を泳ぎ回り、ハイになれる」
誰しもがうらやむような夢をビートルズは現実にしようとした。英国政府と交渉し、島を購入するため国外に資金を持ち出す特別な許可を取り付けた。実際、一度は島を買ったのだ。
1967年夏、ビートルズが15万ポンド(当時の日本円で約1億5000万円)でギリシャの島を買ったという噂が広まった。アルバム「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」が記録的なセールスを続けていたころだ。
噂を裏付けるかのように、休暇をとったビートルズは家族やスタッフを伴ってギリシャに行く。7月20日、ジョージとパティ、リンゴ、ニール・アスピノールの4人がアテネに飛んだ。2日後、ポールとジェーン、ジョンとシンシアとジュリアンらも続いた。
行き先はエーゲ海のレスロ(Leslo)島。広さ80エーカー(323ヘクタール)の島には四つのビーチがあり、周辺は四つの小島に囲まれていた。白壁の漁村と計16エーカー(64ヘクタール)のオリーブの木立を含めた島の値段は、9万ポンド(約9000万円)だった。
すべては、録音スタジオでジョンが語った夢が始まりだった。鉄骨のガラス張りのドームを拠点にした広大な土地に、ビートルズ4人とマネジャーのブライアン・エプスタインやスタッフが共同体をつくって住む――。プライベートな土地ならば、プライバシーに立ち入られることなく自由に暮らすことができる。世界で最も有名になったポップグループは、どこへ行っても衆人環視の目にさらされる生活を強いられていた。
「ビートルズは全員が一緒に住むべきだ」。ジョンはそう考えていた。
「僕らはみんなそこで暮らすんだ。たぶんこのまま一生ね。英国にはちょっと帰るくらい。あるいは半年ずつかな。僕たちだけで島に暮らすなんて最高じゃないか」
夢物語の候補地には、イングランド東部のノーフォーク近辺の名も挙がっていた。それがギリシャの島と決まったのは、ジョンがスタジオで夢を語っていたとき、アレクシス・マーダスというギリシャ人が居合わせていたためだ。
「エーゲ海にとても安く買える島を知っている」。マーダスは即座に口にした。そして翌日には、ビートルズのスタッフと一緒にギリシャに飛び、ジョンの夢にかないそうな適当な島を見つけてきた。それがレスト島だった。マーダスらの報告を聞いたビートルズのギリシャ行きが決まった。
ジョンの夢をかなえるギリシャの島。実際に行ってみると… 次のページへ







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