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人類がまだ月面着陸を夢見ていた1960年代、英国出身の4人の若者が世界を席巻した。ポピュラー音楽史の記録を次々と塗り替えただけではなく、文化、思想、生活スタイル、あらゆる分野に強烈な影響を与えた。語り継がれる20世紀最高のファブ・フォーの「この日」にこだわってみました。
毎回50%台の視聴率を稼ぐテレビ番組があるとしたら、それはいったいどんな番組だろう。「もしもチャンネルがNHKとNHK教育と民放1局のたった三つしかなかったら」と想像してもピンとこない。
米国には、毎回45〜50%という驚異的な視聴率を記録した番組が本当にあった。ABCテレビが1965年9月25日から毎週土曜日の朝10時30分に放映していた「ビートルズ・サタディ・モーニング・カートゥーン・ショー」だ。
ビートルズの4人をアニメ用にキャラクター化してブラウン管に登場させ、毎回、ビートルズの曲に基づいたストーリーを展開する。アニメになったビートルズが「歌い、演じる」30分番組だ。
現在に比べてチャンネル数が少なかったという事情はあるが、この番組はメジャー・リーグのワールド・シリーズ期間中以外は視聴率1位から落ちたことがなかった、と伝えられている。二度と達成されることがない記録だろう。
番組を制作したのは、ニューヨーク・マンハッタンにあるキングフィーチャーズ・シンジケート。コミックや新聞記事、マンガの配給会社だ。
すべては、映画・テレビ部門のプロデューサーだったアル・ブロダックスが、ある日、会社の廊下でうろうろする男を見かけたことから始まった。
その男は手に1枚の紙切れを持っていた。よくみると、ビートルズのメンバーのマンガが描かれていた。興味を持ったブロダックスは、その男を自分のオフィスに招き入れ、カクテルをごちそうして事情を聴いた。なんと、その男はキングフィーチャーズの出版編集者にマンガを売り込みにきたのだが、袖にされてしまったというのだ。
短編アニメ「ポパイ」をテレビ番組で成功させた敏腕プロデューサーの直感が働いた。ブロダックスは、その男を跳び越して直接、ビートルズのマネジャー、ブライアン・エプスタインにアニメ化の権利を得るための交渉に取りかかった。
早速、ブライアンに番組のイメージを示すため、新聞マンガを担当していたアーティストにビートルズの似顔絵を描かせた。その上で、ビートルズの曲のタイトルを下敷きにしてストーリーを作るプランを提案すると、収益の5割はエプスタインの会社に入る条件で企画は許可された。「もしテレビのアニメ番組が成功すれば、短編映画の制作に同意してもいい」という魅力的なオプションもついた。これが映画「イエローサブマリン」の実現につながるのだった。
その話は脇に置くとして、「この企画はテレビの歴史始まって以来の速さで売れた」とブロダックスが語るように番組スポンサーはすぐに決まった。「視聴者の年齢層が子どもたちであることを忘れないでほしい」ことがスポンサーの意向だった。時代を先取りするような尖(とが)った番組ではなく、すべての米国国民に受け入れられる作品にすることが条件となった。
物語は全部で52話、4人のキャラクターの特徴は… 次のページへ
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