「母べえ」は、昭和15(1940)年の東京を舞台に、治安維持法違反で逮捕された夫を持つ主人公・野上佳代が、二人の幼い娘を守りながら明るく懸命に生きていく姿を通して、温かいきずなで結ばれた家族の愛を描いた感動作。
今回は山田洋次監督と原作者の野上照代、そして吉永小百合、坂東三津五郎、浅野忠信、檀れいなどキャストが勢ぞろいした記者会見をお届けする。
山田:昨年の1月後半にクランクインを迎え、封切りまでほぼ1年かかりました。1940年代という今から約60年前の日本を再現するためには、それだけの時間が必要でした。ぜひこの作品を見て当時を体験していただきたい、と思いながら作りました。
野上:原作と言いましても、20年以上も前に新聞に応募したつたない作文でしたが、こんなに素晴らしい映画になるとは夢にも思いませんでした。映画の力はすごいなと感じました。今やっと皆さんのおかげで封切りを待つのみとなりました。このお話を映画にしていただくことで、初めて昔は知らなかった父のことをたくさん調べたり、あの時代のことを書物で読んだりしました。今になって改めて父を尊敬しています。
吉永:50年前のちょうど今頃、子役としてラジオ映画の「赤胴鈴之助」に出演していました。50年あっという間にたってしまったのですが、こういう形で山田監督のもとで素晴らしい作品に出演することができて、とても幸せに思っています。心を込めて作った映画ですので、たくさんの方にご覧頂きたいと思っています。
浅野:この作品を通じてたくさんのことを学ぶことができました。現場でもスタッフの皆さんが家族のように接してくださり、「どうしたらいいんだろう」と迷う時にも、役に対するヒントもたくさん頂き、映画を通じて成長することができました。
檀:この作品を通して、私自身も知らなかった日本の昔の姿を知ることができ、毎日が勉強の日々でした。完成した作品を見ると、静かで力強く、祈りのようなメッセージがたくさん込められていると思います。

坂東:山田監督とは「武士の一分」に続いての作品となりました。「武士の一分」では大変卑劣な男を演じましたが、その時に山田監督からこの役のお話を頂きまして、監督は自分のことをどのように見て下さっているのだろうと思いました(笑い)。今回は、貧しいけれど高潔な精神の持ち主で、全く前作とは違う役柄でした。とにかく「吉永さんのだんなさま」という大変幸せな役回りなのですが、幸せなのは冒頭だけで、あとはほとんど監獄の中でございました(笑い)。ただ、初回試写が終わった後に、原作の野上さんから「すてきな父べえを演じてくださってありがとう」というお言葉をいただきまして、それが何よりもうれしかったです。
司会者:吉永さんに質問です。母べえの時代の母親像と、現代の母親像に違いがあるとしたら、どこだと思われますか。
吉永:私は母親になったことがないので、本当の意味ではわからないのですが、今のお母さんたちは、この母べえのように子供を抱きしめることがあるのだろうか、ということを時々思います。作品で設定された時代の母親たちというのは、本当に大変な中で一生懸命働いて、自分のことよりも子供のことを考えていたんです。そういうことを思いながら演じました。
司会者:吉永さんに質問です。母べえの時代の母親像と、現代の母親像に違いがあるとしたら、どこだと思われますか。
吉永:難しい質問ですね。私の夫は間違ったことはしていないと思いますが、この父べえは自分の意見を貫いて投獄されてしまいますが、表現できるという力強さは、あの時代では大変なことだったと思いますし、それを家族が一生懸命信じて支えたということが、この映画のテーマだと思います。
司会者:監督に質問です。先ほど吉永さんがお話しになった、子供を抱きしめるお母さんが少なくなっているということについては、同じような考えをお持ちでしょうか。
監督:僕も少年時代は戦時中を体験しておりますので、記憶が鮮明に残っています。この時代の一般的なお母さんというのは、本当に忙しかったんです。配給で食べるものがない時代に、全部やりくりして子供たちに食べさせなければいけない中で、掃除機や洗濯機がない時代に日常のさまざまな家事をこなしていたわけです。それがどんなに大変だったことか。ちょっと現代のお母さんたちに想像できないのではないかと思います。
司会者:映画の中の生活用品や衣装は、スタッフの方が相当苦労して復元されたようですね。
監督:この時代の写真や映画を頼りにしてシャツやスカート、ブラウスを作りました。でも生地を探すのが大変で。今の生地は化学繊維ですからとてもきれいなんですね。当時の生地は質の悪い素材で作られていたので、その再現が苦労しました。

司会者:監督に質問です。1974年の「男はつらいよ 恋やつれ」以来、約30年ぶりに共演された感想をお聞かせ下さい。
監督:30年ぶりと言いましても、スクリーンやテレビを通してずっと小百合さんを見ていましたから、すごく変わったなというような印象はありませんね。小百合さんの一番良い部分は、昔も今も全く変わらないところですね。また、本当に歳を感じさせない方だなと。それはこの映画にとってすごく都合の良いことでした。
司会者:坂東さんにお伺いします。役柄的にだんだんやせていかれましたが、相当大変だったそうですね。
坂東:生まれて初めてダイエットをしました。撮影は順番に撮って下さったので、徐々に4キロほど落としました。ほとんど野菜ばかり食べていました。食堂で皆さんがAランチ、Bランチと注文している横で、僕はおひたしとか冷奴を食べていました。現場では監督に「三津五郎さん、ちょっとやせたみたいだけどどうしたの?」と言われまして、一生懸命役作りをしていたつもりだったのですが、わかっていただけなかったようです(笑い)。
司会者:最初に監督からはこういう感じでという要求があったそうですね。
監督:拘置所に入れば、やつれ果てるわけですから、そこはとても大変だという話をしました。
坂東:エル・グレコが描くキリストのようになってくれと言われました。メーク室には、エル・グレコの絵が飾られていまして、こんな風にならないといけないなと思わされました(笑い)。
司会者:吉永さん、最後に一言お願いします。
吉永:子供の頃に観た松竹の大船の映画というのは、やはり温(ぬく)もりのようなものがありました。家族のきずなを、私は青春映画に出演しながらうらましく思っていました。それから長い年月がたって、こういう形で昔の松竹の伝統を受け継いだような山田監督の暖かい、そして悲しい作品に出演させて頂いたことを、喜びに思っています。どうもありがとうございました。
(更新日:2008年01月23日)
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