ロンドン、ナショナルギャラリーに向かって右後ろに、肖像画ばかりを集めたナショナル・ポートレート・ギャラリーがある。歴史的な人物たちの存在を感じられる歴史アルバムのような場所だ。そこに、微笑(ほほえ)みをたたえたエリザベス女王1世の肖像画−1588年、スペイン無敵艦隊の撃破を祝して描かれた肖像画がある。金色と黒の豪華なドレスに身を包み、自信に満ちた「バージン・クイーン」が微笑む。それまで弱小島国だったイギリスが、最強だった「太陽の沈まぬ帝国」スペインを破り、海上帝国へと発展していく……その歴史的なスタート地点に立った女王の微笑みだが、インド出身のシェカール・カプール監督は、人間エリザベスの視点から、この戦いの勝利の裏に隠された「微笑みの真実」を解き明かしていく。
エリザベス女王1世は、イギリス史の中でもとりわけスキャンダラスでドラマティックな存在だ。イングランド王ヘンリー8世と、その愛人アン・ブーリンとの間に生まれ、母親は父王に処刑。3歳で私生児の烙印(らくいん)を押され、21歳で反逆罪にとわれ、25歳で王座につき、「国家と結婚する」とバージン・クィーンを宣言。聖母マリアのように己を偶像化した初めての女王でもある。感情的な面を徹底的に隠し、国民の前では常に「女王のイメージ」を守り続けた。女ひとりで国を統治した前例がない時代に、鋭い判断力と英知でその道を切り開いた名君主だ。だが、見事なまでの自己制御と抜け目なさ、そして策略家として歴史的に記録された女王は、そのため肖像画のようにどこか仮面をかぶった、底知れぬ存在として多く描かれてきた。
そのエリザベス像に革命を起こしたのが、前作『エリザベス』だった。「こんなにセクシーなエリザベスは見たことない!」とケイト・ブランシェットを一躍スターにした作品だ。ハリウッド的なお行儀のいいコスチューム劇でもなく、英国風のお堅いシェイクスピア的歴史再現ドラマでもない。もっと人間くさい、一人の娘が女王にのぼり詰めていく成長物語、人間ドラマだった。恋もする、失恋もする、だけど覚悟も決める。迷って、迷って、迷った揚げ句、自分の運命を受け入れていくエリザベス。それは、女王は「ある」ものではなく、「なる」ものだと語っていた。
女王になるまでの成長を描いた前作から9年、カプール監督は、女王の座についてからの苦悩に挑戦する。迷って、不安になって、だが、いざとなったら覚悟を決める。その人間くさいエリザベスは本作でも健在。「女」からは逃げられない。だが、「性」を超えて真の「王」になっていく彼女は、どんな葛藤(かっとう)を抱えていたのだろうか。陰謀、策略など歴史的な事件をしっかりと盛り込み、見ごたえ十分な歴史サスペンスでありながら、女性であることと、女王であること、その果てしない孤独を描き、エリザベスを生きた人間に変えていく。
エリザベスを演じるのは、前作に引き続きケイト・ブランシェット。女王という仮面をかぶって国民の象徴(イコン)となったエリザベスの神々しさと、かつらを取り、ドレスを脱いだ、ただの女エリザベスの不安と葛藤……もう、この役を演じられるのはケイトしかいないと思わせる名演だ。そして、「恋」を忘れていた女王の「女心」を思い出させる罪な男、航海士のウォルター・ローリーを演じるのがクライブ・オーウェン。野性味たっぷりの新大陸への夢を語る男にピッタリで、女王にはかない夢を抱かせる。
カプール監督の歴史観は、「事実の記録」ではなく「物語る」こと。歴史的な事実を並べて、それを教えるのではなく、その歴史的な事実を達成するためには何が起きているのか、そこに何があるのか、その過程を探り、語る。これは、歴史を記録として考える西洋に対して、歴史を語り、教訓や生き様を学んでいく東洋的な歴史観が反映している。
歴史的な事実をキーワードに「バージン・クィーンの微笑み」の謎を解く本作。物語る歴史の面白さが堪能できる一作だ。
(Written by 柏木しょうこ)
(更新日:2008年2月6日)

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