本当の恋はお金では買えない……という恋愛道徳は、今まで手を変え、品を変え、描かれてきたラブコメディー、普遍のテーマだ。やり尽くされてきた感のあるこのテーマをどう料理するか、これは監督の腕にかかっているといっても過言ではない。フランスで喜劇映像作家として注目されているピエール・サルバドーリ監督は、あえてクラシカルな設定で攻めてきた。玉の輿(こし)狙いの小悪魔と、彼女にほれてしまったしがないウエーター。一見すると展開が読めそうな設定だ。しかも、もしかしてオードリー・ヘプバーンが好きかもしれない……そんな憶測が頭をよぎるほど、この作品には、オードリー時代の空気を感じさせるクラシカルな雰囲気が漂う。洗練されたファッション、アイテム……映画をファッションに変えたオードリー的な世界だ。
ヒロイン、イレーヌを演じるのは、大きな瞳にきゃしゃなスタイルのオドレイ・トトゥ(英語読みではオードリー)。彼女の小悪魔的な魅力も、往年のオードリーをほうふつとさせ、まさに「お金より愛を」というテーマのど真ん中を行く「ティファニーで朝食を」に通じるものがある。劇中にも、シャネル、グッチ、エルメスとティファニーに負けないハイブランドのアイテムが次々に登場する。
とはいえ、いまどき「ティファニー〜」のリメイクのような映画を作っても、今の観客に「安易な絵空事」だと言われるだけ。純粋なものを純粋に伝えるのが難しい時代だということをサルバドーリ監督は十分承知している。その一方で、純粋なものを欲している時代だということも知っている。だからこそ、クラシカルな設定で意地の悪い作戦を立てる。「ティファニー〜」の反対のことをしたのだ。お金より大切なものをヒロインに教え、愛に目覚めさせていく……のではなく、しがないウエーターは、彼女を手に入れるために、あえて自分もジゴロになり、彼女の同志となっていくのだ。
このジゴロになったウエーター、ジャンを演じるガド・エルマレは、フランスで絶大な人気を誇るコメディアンだそうだ。この彼がまた、バスター・キートンのような風ぼうでひょうひょうと、しかもさりげなく面白いことをやってのける。純粋だがドンくさい彼が、男らしくイレーネに説教できるわけもなく、そばにいたい一心でジゴロになる。しかもジゴロの技をイレーネから教わる、まったくトホホな男なわけだが、これが化けていく。さらにイレーネも小悪魔ちゃん、なんてかわいい代物ではない。ジャンに貢がせるだけ貢がせてポイ捨てするわ、自分が捨てられたらジャンに八つ当たりをするわ、とんでもないお嬢さん。上昇志向と物欲が人一倍強く、最初はとても共感できるヒロインではない。愛が彼女を変えていく? とんでもない。彼女は変わらない。そこがこの作品の面白いところだ。
ただ、生活と人生の違いを思い出してしまうのだ。生活でモノを言うのは社会に強調するためのマスク。つまり愛人を手玉に取るための芝居だ。だが、人生では、そのマスクに抑え込まれたものこそが一番のエネルギーとなる。資産家の愛人になることは、イレーヌにとっては自分の長所を生かし、手っ取り早くお金が得られる生活。それはそれで必要だ。
イレーヌは男頼みの不安定な生活を守るために、生活のマスクを固辞してきただけ。それが、同志となったジャンに対しては、油断してマスクを思わず外しそうになったり、いやいやダメだとまたマスクをかぶり直したり……そのやり取りがユーモアとスリルを演出する。彼女は変わらない、ただマスクを外し、素顔をかいま見せることで奥行きと魅力を増していく。
「愛か、お金か」と問えば、「愛もお金も」と答える欲張りな現代人。サルバドーリ監督はその心理を巧みに読み、「生活か、人生か」と、誰もが一瞬、戸惑う命題でラブストーリーを描いていく。イレーヌとジャンは愛人たちの目を盗み、スクーターを飛ばして出かける。生活から抜け出し、人生を感じる2人。そういえば「ローマの休日」でもスクーターだった。アン王女が「人生」を感じたときの笑顔がダブる。クラシカルな上品さと現代的な皮肉が詰まった大人のラブコメディーだ。
(Written by 柏木しょうこ)
(更新日:2008年3月5日)

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。