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映画散歩

レビュー 映画評論家や著名人による映画レビュー

「銀の街から」沢木耕太郎

ぜんぶ、フィデルのせい 〜親の「圧政」、自立する少女

ぜんぶ、フィデルのせい
© 2006 GAUMONT-LES FILMS DU WORSO-FRANCE 3 CINEMA

幼い子供にとって親は常に暴君であり、圧政者である。子供を意のままにしようとする親はもちろんのこと、子供の意のままにさせてやろうとする親でさえ、同じように圧政者となりうるのだ。


1970年代初頭のパリで、ものわかりがよく、裕福な両親のもとで何ひとつ不自由なく育ってきたアンナにとって、その「圧政」は両親の季節はずれの政治的な「めざめ」によってもたらされることになる。弁護士の父親は、突然、ゲバラかカストロかというような髭(ひげ)を生やし、チリに誕生したアジェンデ政権の支援者となる。一方、母親は中絶の自由化のための運動に参加するようになる。そして、二人はまず自分たちの生活を改めることにするのだ。

この両親の「めざめ」は、幼い娘のアンナに大きな影響を及ぼすことになる。まず、大好きだったキューバ人のメードが反カストロ的だということで解雇されてしまう。次に、贅沢(ぜいたく)は敵だとばかりに庭つきの広い家を引き払って狭いアパートに引っ越すことになる。カトリックの私立小学校からの転校はなんとか免れることができたが、宗教の授業を受けることを禁止される。おまけにミッキーマウスは「ファシスト」だからとディズニーの絵本を取り上げられてしまう始末だ。

幼いアンナは、唇を真一文字に結び、怒りに燃えた目で両親を見据える。そして、ついに叫ぶ。
「前の生活の方がよかったわ!」

もちろんそのような言葉を使いはしないが、アンナはこう言いたかったのだ。それはただ「かぶれ」ているだけではないのか、と。


こうして、幼いけれど意志の強い娘による、「めざめ」て「かぶれ」た両親に対する反抗が、戯画的に描かれていくことになる。

だが、若い女性の監督であるジュリー・ガヴラスは、この両親を徹底して戯画的に描くということをしない。そこにはガヴラスの人間への眼差(まなざ)しのやさしさが大きく与(あず)かっているはずだが、それだけではない。

父親のアジェンデ政権への加担や母親の中絶の自由化運動への参加が「本気」になっていくにつれ、アンナに微妙な変化が訪れる。狭いアパートの部屋には髭面の南米人や中絶の体験を語りにくる女性たちが頻繁に出入りするようになるが、その人たちと言葉を交わしたり話に耳を澄ませているうちに、そこには大切な「何か」がありそうだと感じるようになる。そして、必ずしも「前の生活の方がよかった」とは言えないのではないかと思うようになるのだ。

いわばその密(ひそ)やかな逆転の中にこそ、この作品の意外な現代性があるのかもしれない。かつての育てられ方も、両親が「めざめ」たあとの育てられ方も、幼いアンナにとって一種の「圧政」であることに変わりはない。しかし、アンナが「反抗」の中でさまざまなことをひとりで考えざるをえなくなったという意味において、「圧政」の質が根本的に違っていたのだ。

その結果、アンナはひとつの決断をする。それは誰に強制されたものでもなく、自分だけで答えを導き出したものだった。アンナは新しい世界へ飛び込んでいこうとするのだ。


ひとりの少女の手がすっと差し伸べられ、アンナもすっと握って少女たちの輪に入る。そのラストシーンは、まるでアンナの決断を祝福する儀式でもあるかのように、さりげない幸福感で満たされることになる。

掲載:2008年01月08日朝日新聞朝刊紙面

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