俳優浅野忠信の近頃の活躍ぶりは目覚ましい。タイの前衛的な映画で解釈の難しい役を演じたかと思うと、「母べえ」では実に心やさしい好人物で泣かせてくれたし、このドイツ・ロシア・カザフスタン・モンゴル合作の「モンゴル」では一転して、あの世界の征服者チンギス・ハーンの若き日テムジンである。
人気スターやうまい役者は他にもいるが、これだけかけ離れた役を大国小国を問わずかけめぐって演じ分け、相当な成果をあげる俳優は珍しい。ではそれだけ勢いに乗って威勢よく豪放に演じているのかといえば、むしろ超人的なまでに自制心に富む、落ち着きはらった人物として、ぐっと渋く演じている。
12世紀のモンゴル草原では多くの小部族に分かれて抗争が続き、謀略や裏切りや残酷な虐殺が繰り返されている。その中の小部族の頭領テムジンは、抗争で鍛えられ、度量の大きさで妻にも配下にも信頼されるカリスマになってゆく。とくに敗れて逃れて異国の牢(ろう)につながれて、幽鬼のような姿になったときのメーキャップなどは一見に値する。
モンゴルでは社会主義時代にはチンギス・ハーンを英雄視することはタブーだった。当時支配的な力をふるっていたロシアが昔モンゴルに苦しめられた長い歴史を持っていたからだ。監督のセルゲイ・ボドロフはそのロシア人だが、テムジンの人格的成長に重点を置いたドラマにしているところが興味深い。
クライマックスはあの草原の国のどこにこんな大群衆がいたのかと驚くような合戦場面である。ハリウッドのアクション大作に勝負を挑んでいるのだろう。凄味(すごみ)のある大スペクタクルとしてアカデミー外国語映画賞にノミネートされた。
(佐藤忠男・映画評論家)
掲載:2008年04月04日朝日新聞夕刊紙面
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