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映画散歩

レビュー 映画評論家や著名人による映画レビュー

「銀の街から」沢木耕太郎

今夜、列車は走る 〜敗北の鉄道員らが紡ぐ「希望」

今夜、列車は走る 〜敗北の鉄道員らが紡ぐ「希望」
©Action Inc.

急激な歴史の流れの中で、社会的に敗れ去っていくことになる人たちがいる。そのほとんどは弱い立場の無名の人たちだ。とりわけ近代から現代にかけては、その国において衰退する産業に従事する人たちが、より多くの困難を強いられることになる。たとえば、それは繊維産業で働く人たちであったり、炭鉱で働く人たちであったりした。

ここ、南米のアルゼンチンでは鉄道員がその困難を強いられることになる。鉄路の老朽化を理由に、会社側から廃線にすることを一方的に申し渡されてしまうのだ。鉄道員たちは、わずかな金を得るために、仕方なく「自主退職願」にサインしてしまう。しかし、それが彼らの困難の始まりだった。金はすぐに底をついてしまうが、新しい職を得ることができない。


映画は、鉄道という温(ぬく)もりのある家族的な世界から放り出され、不景気下の苛酷(かこく)な社会で右往左往せざるをえない五人の男の悪戦を描いていく。割の悪そうな運転手の道に迷い込んでしまう男。いかがわしげなマルチ商法に誘われる男。その男と出くわし、唯一得られたのがサンドイッチマンの仕事だったと苦笑する男。重い病気の子供を抱えて立ちすくむ男は、得体(えたい)の知れない男に銃の訓練を施されはじめる。ただひとり「自主退職願」にサインをせずに修理工場に居座る男は、猫を相手に寂しく暮らす。

時間が経(た)つにつれて事態はますます絶望的になっていく。そして、ついに「事件」が起きてしまう……。

この作品にはいくつかの欠点があるだろう。たとえば、二つの時間の流れを組み合わせているのだが、後半に入るまでその意図がわかりにくいということがある。あるいは、全体の結構に重要な役割を担うことになる少年少女たちの描き方があっさりしすぎているということもある。そのため、彼らが雨をついて決行する行為の劇的な効果に限界が生じてしまう。あと、ひとつかふたつの言葉かシーンを追加しておいてくれれば、と惜しまれる。

しかし、そうした欠点より、私には多くの美質があるように思えるのだ。

なにより、失業した鉄道員たちに圧倒的な存在感がある。その存在感が個々の俳優の演技力によって支えられているのは当然だとしても、よく練られた脚本と正攻法の演出による巧みな個性の描き分けもまた必須のものだったろう。とりわけ、街の娼婦(しょうふ)と長い付き合いをし、ついには「事件」を起こすことになる初老の男が印象的だ。彼は、金などいいから来てほしいと娼婦に頼まれても、「仕事は仕事だから」と行こうとしないのだ。

その彼が起こす「事件」に対して、病気の子供を持ち、銃の訓練を受けていた男が、意外な関(かか)わり方をする。もしかしたら「悪」の道に進んでしまうのではないかと不安に感じている観客の想像を、鮮やかに裏切る役割を果たすのだ。

そうしたひとつひとつが、絶望的な状況を描きながら、ある種の救いとなっていく。


間違いなく彼らは敗北した男たちである。しかし、34歳でこの第1作を撮った監督のニコラス・トゥオッツォには、その敗北を敗北と認めつつ、未来に向けたわずかな希望を描き残そうという志がうかがえる。その希望の象徴が「列車」だったのだ。

この「今夜、列車は走る」という邦題は、原題の「次の出口」より、はるかに詩的で美しい。実際、最後に「列車」が走り出した瞬間、私も登場人物たちと同じように虚をつかれて茫然(ぼうぜん)とし、次の瞬間、心を激しく揺り動かされたものだった。

たとえ、それが一夜かぎりのことだとわかっていても。

掲載:2008年04月08日朝日新聞朝刊紙面

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