「譜めくり」とは演奏家のために楽譜をめくる人のこと。物語はクラシック音楽の世界を背景に展開するのだが、その内容は復讐(ふくしゅう)にまつわる心理的なスリラーである。
中流家庭の少女メラニーは、ひたすらピアニストになることを夢見て、親も心配するほど情熱的に練習に打ち込んでいる。しかし、音楽学校の実技試験の日。演奏の最中に、審査員の人気ピアニスト、アリアーヌがファンへのサインをしているのを見たメラニーは、動揺して演奏を中断。家のピアノに鍵をかけ、夢を捨てた。
それから十数年後。成長したメラニーは、アリアーヌの夫の弁護士事務所で職を得、ふとしたきっかけから夫婦の息子の世話係として一家の豪邸で暮らすことになる。そして、アリアーヌに気に入られて「譜めくり」になり、復讐を始めるのだ。
復讐の準備が整うまでの経緯は、周到というより偶然の産物。息子の病気、夫婦関係の歪(ひず)みを含め、デキすぎのシナリオだと感じる向きもあろう。しかし、映画の主眼は、物語を紡ぐ女たちの心理の描写にある。
アリアーヌに憧(あこが)れと憎悪を交錯させるメラニー。交通事故で情緒不安定になり、メラニーに救いを求めるアリアーヌ。ふたりが抱える情熱と焦燥、自信と不安、緊張と動揺が、くっきりしたエピソード、リアクション、無言の「間」や表情を駆使して濃厚に表現される。メラニーの無表情が妄執の怖さを際立たせ、削(そ)がれた言葉の代わりに、映像が饒舌(じょうぜつ)に感情を語る。
ちなみに監督のドゥニ・デルクールは、国立音楽院で教えるビオラ奏者でもある。そう聞くと、女たちの心の綾(あや)が解けて見える気がする。
(稲垣都々世・映画評論家)
掲載:2008年04月18日朝日新聞夕刊紙面
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