朝日新聞がビートルズ世代に贈る、こだわりエンターテインメントサイト

メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ホーム設定

Special Contents ひと

  • インタビュー
  • フロントランナー
  • トップ
  • 地球発
  • マネー
  • ライフスタイル
  • 極める
  • からだプラス
  • エンタメ

記事を印刷

エンタメ

  • 映画散歩TOPへ
  • バックナンバー

映画散歩

スペシャル 編集部オリジナル企画

シネマ歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」 中村勘三郎インタビュー


高性能カメラの映像とリアルな音響で歌舞伎の臨場感をそのまま映画館で楽しめる「シネマ歌舞伎」。十八代目中村勘三郎襲名披露公演(05年5月)で演じられた、野田秀樹演出「野田版 研辰(とぎたつ)の討たれ」が、シネマ歌舞伎となって1月12日(土)から全国公開される。
 公開にあたり、中村勘三郎に、シネマ歌舞伎の魅力や野田秀樹との関わり、山田洋次監督で今秋公開予定の新作シネマ歌舞伎などについて聞いた。




©松竹
―「野田版 研辰の討たれ」がシネマ歌舞伎となって上映された感想を聞かせてください。

この作品は勘三郎襲名披露の時に演じたので、私にとっては特別な存在です。シネマ歌舞伎で再現されるのは、大変ありがたいことです。(勘三郎出演の)シネマ歌舞伎としては、「野田版 鼠(ねずみ)小僧」に続く第2弾となりますが、とてもおもしろい作品に仕上がったと思っています。

これまで、「コクーン歌舞伎」などいろいろな形で歌舞伎の魅力を伝えてきましたが、シネマ歌舞伎が実現する時代になったこと自体うれしい話。今後は、映像になった時にどう見られるかということも、考えていかなければなりません。

―歌舞伎でもミュージカルでもない、新しいジャンルを確立しようと考えたのですか?

新しいジャンルを作ろうとしたわけではないんです。ただ、以前から野田(秀樹)の演出と歌舞伎は合うと思っていました。「野田版 研辰の討たれ」を演じて以降、蜷川幸雄さんや渡辺えりさんなど、いろんな人が歌舞伎の台本を書き演出するようになりました。その意味では、この作品が歌舞伎の新しい波を作るきっかけになった、と思っています。



●衣裳さんから突き返された

―舞台では初めての取り組みが多く、いろいろご苦労があったのでは?

歌舞伎の良いところであり悪いところは、「伝統的なことしか認めない」というところ。けいこを始めた時は大変でした。

たとえば、衣裳さん。今回は主人公の辰次が迷彩服を着て出てくる場面がありますが、衣裳さんには最初、「そういう歌舞伎はない」と突き返された。そこで「なぜ迷彩服がいけないのか」と言い返したら、いろいろ悩んだ末、納得してくれました。

クライマックスで「カバレリア・ルスティカーナ間奏曲」が流れますが、琴の先生も尺八の先生も曲を知らない。最初は「なぜこんな曲を?」とむっとしていたけれど、結局は喜んで弾いてくれていた。演目の最後にふさわしい、悲しくて良い仕上がりになりました。

ほかにもいろいろな人に刺激を与えました。坂東三津五郎は、もともと保守本流の、伝統を重んじる男でした。でも今回、彼にはスキップを踏んで演じる場面があって、野田が「やってみてください」って言ったら、「はい、はい」ってけいこ場のすみでスキップの練習をしていた(笑い)。この作品がきっかけで、彼はダンダンブエノの公演に特別出演するなど、いろいろな舞台に取り組むようになりました。



●野田秀樹とは「役者として似ている」

―同い年(52歳)でプライベートでも仲が良い、野田秀樹さんについて聞かせてください。

野田に会えたのは運であり縁です。同じ時代に生まれて、会うべくしてあった同志ですね。これまでの襲名披露公演の中で、生きている作家の作品を演じるのは初めてではないかな。だから、襲名披露公演中は、彼には「公演がすべて終わるまでは死なないでくれ」と言い続けていました(笑い)。

彼は私のことを「役者として似ている」って言います。それでありながら演出家でしょう。最初から最後まで演技が全部おもしろいというのは認めない。そういう非常にシビアなところも、私と似ています。

最近二人で話すことは、お互いあと何年役者を続けられるだろう、ということ。役者に定年はないし、引退興行なんてするつもりもないから、おそらく死ぬまで続けるんだと思います。だけど、今のように体が動かせるのは60歳までかな。その後は、味が出せる芝居をしていくことになるでしょうし、彼がそれに合った芝居を書いてくれればいい、と思っています。

いま彼に頼んでいるのは、「野田秀樹」という名前を隠して台本を書いてもらうこと。実際に演じてみて、「だれ、この作品を作った江戸時代の作家は?」とお客さんに思わせる。でも、「実はこれは野田の作品なんです」と明らかにしたら、「うそでしょう!」と驚かれるようなことをやりたい。見取(みど)り狂言でやったらできますよ。




©松竹
●山田洋次監督との出会い

―山田洋次監督に、シネマ歌舞伎として「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」「連獅子」(ともに今秋全国公開予定)を監督してもらったきっかけは?

もともと「人情噺文七元結」と「連獅子」はシネマ歌舞伎として撮って欲しいと考えていました。一方、山田監督が「野田版 鼠小僧」を05年9月のニューヨーク映画祭で見て大変喜んでくれた、という話を聞いたんです。そこで、是非山田さんに監督をして欲しいと頼んだのです。「野田版 鼠小僧」がなかったら、山田監督の作品は生まれませんでした。

―山田監督がシネマ歌舞伎に関わって影響を受けたことは?

舞台セットや化粧などで細かいところまで指示してもらったことは、大変ありがたいことでした。きれいなものはたくさん作れますが、生活感をかもし出すものは、なかなか作れません。例えば家の中の壁の汚れ方とか、手のあかぎれとか。でも、山田監督のおかげで、様々な場面がリアルによみがえりました。映画は細かいところまで再現できますが、シネマ歌舞伎となることで、そういった細かいところまで意識して取り組んだのは良い経験となりました。

歌舞伎って、独特な言い回しで演じたり、オーバーな演技ばかりしたりするもの、と思っている人たちが多いはずですが、私はそう思われるのはすごくショックなんです。今回、シネマ歌舞伎で「人情噺文七元結」を公開することで、より身近な「世話物の復活」という感じを出すことができたし、それを山田監督が手助けしてくれたのは、とてもうれしいこと。私の目指している「形だけではない、心でやる芝居」もアピールできました。



●初めて見るならシネマ歌舞伎

―今後さらにシネマ歌舞伎を盛り上げるため、考えていることはありますか?

「人情噺文七元結」と「連獅子」では、撮影用に舞台最前方にカメラを置きました。テレビ番組で放送される歌舞伎でも、そんな近くからは撮影できませんが、今回はそれが可能だった。舞台の3階席からも1階席からも見られないアングルを、ということにこだわり、もっと歌舞伎を楽しんでもらいたいと考えたのです。今後もこういった斬新な取り組みは続けていきたいですね。

最初に何の歌舞伎を見るか、ということはとても大事です。私はオペラが少し苦手なんですが、それは最初に、あまりに壮大な作品を見て面食らってしまったから。歌舞伎を初めてみる人たちには、シネマ歌舞伎から入ってもらった方がわかりやすいのではないか、と思っています。例えば全国の中学、高校の視聴覚教室で、「人情噺文七元結」や「連獅子」を見せた方が、本物の舞台を一番最初に見るよりも親近感がわくはずです。


「野田版 研辰の討たれ」
©松竹

「野田版 研辰の討たれ」

木村錦花原作の歌舞伎狂言を、奇才野田秀樹が新しい視点から描き、「野田版歌舞伎」という新境地を切り開くきっかけとなった記念すべき第1作。05年5月歌舞伎座において、十八代目中村勘三郎襲名披露狂言として再演された。

赤穂浪士討ち入りのニュースは、江戸から離れた近江の国・粟津藩にも伝えられ、剣術の道場はその話題で持ちきり。しかし一人だけ、赤穂浪士を馬鹿にする人物がいた。それは、もと町人、研ぎ屋あがりの守山辰次。あだ討ちなんて馬鹿馬鹿しい、武士といえども潔い死を望まない武士もいるはずだ、と言い出す辰次を、家老の平井市郎右衛門がしかりつけた。すると、現実的で抜け目ない辰次はすぐに態度を変え、剣術に優れた市郎右衛門に剣術を学びたいとお追従を言う始末。主君の奥方、萩の江の前で、市郎右衛門に散々に打ち据えられて、辰次は仕返しに一計を案じるが……。


(文:どらく編集部 勝井善明)

(2008年1月9日)

画面トップへ

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。