結ばれなかった愛やかなわなかった夢を最期に思い出す女性と、そんな母を看(み)取ることで自分たちの人生を見直す娘たちを描いた「いつか眠りにつく前に」。主演のクレア・デインズやバネッサ・レッドグレイブ、メリル・ストリープら豪華女優陣が競演している。
公開を前に、「マレーナ」「海の上のピアニスト」などで撮影監督を務めたラホス・コルタイ監督に、本作のみどころや感想などを聞いた。

とても詩的だと思った。過去のよき時を思う日々の決断、人生の不安。すごく人間的な映画になると感じた。ハリウッド映画でこういう人間ばかりの映画を作るのは珍しい。
僕はそうは思わない。人間はすべての人が多くの問題を抱えている。そして、色々な決断を下していく。誰もが小さなこと、あいさつの仕方とか料理の選択とか、様々な決断を下していく。そのことを描きたかった。そこでは男女は関係ない。
彼女と同じように「自然さ」を出すということ。脚本の段階で、時間の概念の描き方がとても上手で、時間の行き来が自然だったからこそ、僕は喜んで表現したいと思った。
また、時間の行き来をフラッシュバックとして書いていないところも気に入った。僕は(脚本に描かれている)彼女の心に従って映画を作れば良かった。
すごく大切なシーンで、この映画のエッセンスだと思う。2人とも素晴らしい女優なので、こちらから言わなくてもそれぞれ演出してくれた。普通の女優なら、ライラがアンに寄り添ったとしてもベッドには入らない、と言うだろうが、メリルは素直に演じてくれた。

まず、死はできるだけエレガントに迎えて欲しい。周囲の人の死への旅路も、なるべくきれいに見送ってあげて欲しい。
次に、質問するならば良いタイミングでしておくべきだ。アンの娘コンスタンスは、母親の死の直前というあまりに遅いタイミングで人生の悩みを打ち明けたけれど、アンは死の旅路への準備で精いっぱいだし、自らの生涯で一番良かった瞬間を探しているところだ。
また、どんなにささやかな人生でも、温かい家庭の中でパートナーがいて子供がいたら、今の世の中では子供を育てただけでもすばらしい、ということ。子育てで充足するものもたくさんあるのではないか。
アンは結婚生活に失敗しているし、キャリアもたいしたものではなかったかもしれないけど、子供たちをどうにか育てた。それ自体大きなことではないか。ささやかな生活の中にも、すばらしいと思える瞬間を自分自身で努力して求めたり想像したりして欲しい。
メイミーがメリルの娘だとは知らなかった。ガマーという名前からも想像できなかった。メイミーをキャスティングした時に、「彼女はいいね。メリル・ストリープによく似ている」と言ったら、「そう、娘だから」と言われた。思わず「何で教えてくれなかったんだ?」と言い返したよ。
ナターシャは、バネッサが一緒にやりたいと言った。本当は、ナターシャはもっと小さな役だったけれど、改めて演技を見ると本当の親子だと感じた。

「いつか眠りにつく前に」
重い病に倒れたアン・ロードは、長女のコンスタンス、次女のニナの看病を受けながら、静かに人生の最期を迎えようとしていた。混濁する意識の中で、「ハリス」という男性の名前を口走るアン。だが、コンスタンスもニナも、その名を耳にするのはこれが初めてだった。「ハリスと私がバディを殺したの」という母の言葉に、驚く娘たち。そのかたわらで、アンの意識は、40数年前のあの夏の日へと戻っていく…。
主人公アンを演じるのは、過去6回アカデミー賞にノミネートされ、「ジュリア」で助演女優賞を受賞している英国の名女優、バネッサ・レッドグレイブ。アンの親友ライラには、「ディア・ハンター」から「プラダを着た悪魔」まで、アカデミー賞史上最多の14回のノミネート歴を誇るメリル・ストリープ。また、ストリープの実の娘メイミー・ガマーが、若き日のライラをはつらつと好演し、レッドグレイブの実の娘のナターシャ・リチャードソンが、アンの長女コンスタンス役で出演している。
(文:どらく編集部 勝井善明)
(2008年2月20日)
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