1972年の文学座公演で杉村春子ほかの配役で初演された、有吉佐和子作「ふるあめりかに袖はぬらさじ」。88年には主人公のお園役を坂東玉三郎が受け継ぎ、昨年12月の歌舞伎座公演で初めて歌舞伎として上演された本作が、シネマ歌舞伎として5月31日(土)から全国で順次公開される。お園役の坂東玉三郎が、これまで演じ続けてきた思いや作品の印象、シネマ歌舞伎への期待について語った。

私が出演した「鷺娘」「日高川入相花王」「京鹿子娘二人道成寺」という古典歌舞伎が、これまでにシネマ歌舞伎で上映されています。今回は、長年演じてきた思い入れのある新作劇をシネマ歌舞伎として披露することができ、大変幸せです。映画としては2時間40分とやや長いですが、映画としては気楽に見られる内容ですし、歌舞伎ファンのみならず映画ファンにも見てほしい映像です。
杉村春子先生が72年から演じた文学座公演で見たのが、この作品との出会いです。日本の根幹をシニカルに描いた有吉佐和子さんならではの作品であるうえ、お園の役回りのすばらしいところに、20歳代の私はとてもひかれました。30歳に近づいて新派公演にたびたび出演するにつれ、お園のような役もこなしてみたいと考えたのです。88年に杉村先生の後に私が演じさせていただきました。
今の世の中の不条理さなどを色濃く表しているけれども、単にシニカルな作品にとどまっていないのが、この作品の良いところです。
世の中は本音と建前がある。建前はその時代しか通用しないけれども、本音というものはいつの時代でも変わらない。有吉さんはこの作品で、建前を否定するわけではなく、「建前は建前でやりましょう」と表現したのです。建前と本音が二重構造になって世の中は動いている。それが人間というものなのでしょう。
とにかく、これだけ長い間お園役を演じ続けられるとは思ってもみませんでした。杉村先生よりも多く演じることになりました。はじめのころは当然若かったので、お園のキャラクターに合わせて演じましたが、20年過ぎ、今はあえて合わせる必要はなくなりました。


昨年12月の歌舞伎座公演のうち2日分撮影し、それぞれ良い部分を採って作り上げました。普通ならばカメラは5台だけれど、今回は特別に7台設置しました。映画では雑音も気になってしまうので、編集では特に気をつかいました。
もともとこの作品は映画化してもよいのではないかと思っていました。しかし今や、映画を一から作り上げるのは、これまで以上に大変です。一方、歌舞伎をフィルムで撮影して映画館で見るのもなかなか難しいです。映像の良いハイビジョンを使ったシネマ歌舞伎で芝居が再現されるようになり、かねての思いがかなうことになり良かったです。
もともとは分けられていなかったけれど、伝承されるあいだに分かれていってしまったのが演劇だと考えています。だから、根本はつながっているのです。この時代になり、能と歌舞伎など違うもの同士が融合していく動きには携わっていきたいです。
歌舞伎だけでなく、自分たちが演じてきたすべての思いを伝えていきたいけれど、それは大変なこと。受け継ぎたいと思う人がいなければできないし。どの先輩たちも、自分がかかわった作品は伝承したいと考えているでしょう。将来は多くの人たちにお園役を演じて欲しいと思いますが、作品というものはいろんな人がやっていろんな角度からみて磨かれるもの。時をへて文学作品としての完成度が上がっていけば良いと思います。

「ふるあめりかに袖はぬらさじ」
時は幕末、開港まもない横浜の遊郭「岩亀楼(がんきろう)」。病で床に伏せた遊女の亀遊を、吉原の頃から顔なじみの芸者・お園が見舞いに来る。そこでお園は、亀遊が通訳の藤吉と恋仲であることに気づく。
ある日、岩亀楼に米国人イリウスがやってくる。「唐人口」と呼ばれる異人相手専門の遊女が呼ばれて藤吉が通訳するが、イリウスは唐人口ではない亀遊を気に入ってしまい、ぜひ相手にと熱望する。岩亀楼の主人は、大金を得られると亀遊の身請けを承諾するが、亀遊は、藤吉との恋がかなわないことを儚(はかな)み、部屋で自害してしまう。
その後、亀遊の自害は外国人への身請けを拒んだことが原因、という瓦版がまかれ、亀遊は一躍攘夷女郎のヒロインに。そして、「露をだにいとふ大和の女郎花(おみなえし) ふるあめりかに袖はぬらさじ」という辞世の句を残したという話まででっちあげられて……。
5月31日(土)より東劇ほか順次全国ロードショー
(文:どらく編集部 勝井善明)
(2008年05月30日)
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