「ポリネシアン・ダンスやフラを好きになったのは、女の子のヒップにくらっときたから」「フラ社会はジェラシーや陰口、うわさ、足のひっぱりあいが多い。でも、"カリフォルニアはいさかいのない平和な世界だ"と誘われて行ったんだけど、ハワイとまったく同じだったね」ハードボイルド俳優のようなよく通る低い声で、マークはわざと憎まれ口をきく不良のような話し方をする。
そしてI do not care.(アイ・ドント・ケア=知ったこっちゃない)と何度も言った。でも、それは、本当にどうでもいいと投げているわけでも、あれこれ言われることをわざと楽しんでいるのとも違う。2003年にリリースされ、ワールド・ミュージック・チャートで数週間、上位にランクされたチャントCDのタイトル「Call It What You Like」(好きなように呼んでくれ)に、マークの心情が表れているように思える。つまり、疑わずに信じて進む道は、その正しさを自分自身が知っている。そういう自信があれば周囲に何と言われてもいっこうにかまわない、という潔さだ。
革新的なフラを造り続けることが、ハワイアン・ルネッサンス真っ只中の時代にフラと出会ったマーク・ケアリイ・ホオマルの心に燃えるハワイ人の誇りなのだ。「カリフォルニアでは、フラよりポリネシアン・ダンスのほうがずっと人気がある。エキゾチックでビートがきいて、観ていてエキサイティングだから。たしかに20年前はハワイでもそういう風潮は残っていた。でも2000年になっても、まだフラはつまらないという人間がカリフォルニアには多い。それに頭にきて、どうだフラもこんなにエキサイティングだろうと、見せつけてやりたいね」この言葉が、マークのハワイアン魂である。
また、新しく造るフラ教室に、アカデミーという名前をつけたことにも、彼流のこだわりがあった。じつは、マーク自身がフラを学んだ1970年代(恩師ダリル・ルペヌイやジョン・ピイラニ・ワトキンスの時代) は、まだハワイ語のハラウという言葉はほとんど使われていなかった。それが80年代になって、ハワイではネコも杓子もスタジオからハラウに名前を変え、ウェスタン・スタイルよりハワイ語のほうがよろしいという風潮ができた。だから、マークはあえて、英語のアカデミーという言葉を選んだ。
アカデミー=美術や芸術など特殊な科目を教える高等教育機関。ハワイの芸術の学校…、そう言われてみれば、マーク・ケアリイ・ホオマルのハラウ名にぴったりだ。
16歳で出会ったダリル・ルペヌイの熱いフラに心が動き、19歳でフラがまだまだ顧みられないアメリカ本土に渡り、25年。当初はポリネシアン・ダンスも教えていたが、今はフラだけを教える。ハワイにいるクム・フラなら、すぐにクプナや自分のクム・フラに尋ねられることも、自力で学び続けねばならなかった。マークは、ハワイから離れた場所で、ずっとひとりで戦い続けてきたのだ。
ハワイでもなかなか観るチャンスがないアカデミー・オブ・ハワイアン・アーツの舞台。いや、日本でだからこそ観られるというべき「現在進行形のフラ芸術」。ただただフラの可能性と芸術性を楽しむために、観てみたいステージだ。(更新日2007年04月13日)

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