姫路城は、信長の家臣であった秀吉が毛利攻めの拠点として1580年に築城したことで大きな転機を迎える。姫路城から更に西進して岡山で戦っていた秀吉が、信長の急死の報に接するとただちに毛利と講和を結び、不眠不休、泥まみれになって姫路城に戻った。そして備蓄していた金と食糧を一兵卒に至るまで分け与え、「死か勝利か、再びこの城に戻ることなし」と宣言したのだ。翌朝、栄光と復讐(ふくしゅう)の待つ戦場に赴く馬上の秀吉を姫路城は送り出した。

姫路城が現在の姿に変わるのは、池田輝政の大改築による。大坂城と豊臣恩顧の西国諸大名に備えるため、また52万石の大名にふさわしい居城とすべく、家康の支援のもと、1601(慶長6)年から姫路城の大改築に着工。ほぼ完成したのは1609(慶長14)年であった。8年がかりの大工事で築かれた姫路城は、城郭建築の技術の粋を結集したもので、五層六階地下一階の大天守と三層の小天守が連結した本丸、二の丸など、現在見られるような大規模で防備と造形美を兼ね備えた城となった。
豊臣家滅亡後、本多忠刻は、豊臣秀頼の妻であった家康の孫、千姫の新しい夫となる。千姫20歳、忠刻21歳のときである。忠刻の時代に2人の居館として作られたのが、今に残る西の丸・化粧櫓(やぐら)と、今回の世界遺産劇場の舞台となる三の丸である。しかし二人に幸せは許されなかった。二人の間にできた子は3歳で死に、その5年後には最愛の夫忠刻も結核で亡くなり、千姫は一人江戸に帰り尼となった。ちまたでは秀頼の恨みによるものとうわさされたようで、明治の文豪、泉鏡花は「天守物語」で千姫をモチーフに姫路城に住む姫君が、実は魔物であったという物語を書いている。
明治になって姫路城は陸軍省の管轄になったが、保存が困難ということで一時民間に払い下げられた。しかし取り壊しとなると莫大(ばくだい)な費用を要するため、結局権利を放棄され、他の城と同じく公費で取り壊されることになったが、時の陸軍省の中村重遠大佐が姫路城を惜しんで、陸軍卿山県有朋に建白書を出して訴え、陸軍省による保存修理が決まった。1879(明治12)年のことである。
太平洋戦争の空襲でも奇跡的に姫路城は焼失せず、昭和の大修理によって日本を代表する名城として装いも新たになり、1993(平成5)年に世界文化遺産に登録された。
世界遺産劇場姫路城公演では、美しい姫路城を背景に、そこに刻まれた歴史ロマンに思いを馳せながらコンサートを楽しむと、一層趣深いことだろう。

森山直太朗 11月2日(金)出演
2002年にメジャーデビューし、03年「さくら(独唱)」で大ブレーク。叙情的な詩世界と独自の歌声で注目を集める。05年にベストアルバム「傑作撰2001〜2005」を、06年に2枚目のフルアルバム「風待ち交差点」をリリース。今年6月まで行ったワールドツアーでは9万人を動員した。

今井美樹 11月3日(土・祝)出演
1986年歌手デビュー。CM、ドラマなどでも活躍し、女性を中心に絶大な支持を得る。歌手デビュー20周年を迎えた05年、記念碑的オリジナルアルバム「Milestone」をリリース。10月27日(土)公開の映画「象の背中」に出演。11月7日(水)にはニューマキシシングル「祈り」をリリースする。

| 会場 | 姫路城 三の丸広場 |
|---|---|
| 開場・開演時間 | 開場時間 18:00 / 開演時間 18:30 |
| チケット | ¥6,500(全席指定/両日共) |
| 予約・お問合せ | SAP 03-5226-8537(平日10:00〜18:00) |
| 公式ホームページ | http://www.sekaiisangekijyou.com/ |
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。