「パリ国立オペラ(Opéra national de Paris)」は、パリの街のランドマークで「オペラ座」として親しまれている「ガルニエ宮」、それに「バスチーユ劇場」という二つの劇場を有する世界最大級のオペラ・カンパニーです。その歴史は1669年のルイ14世の時代にまでさかのぼり、専属のオーケストラや合唱団に加え、かつてルドルフ・ヌレエフなどが芸術監督を務めた有名なバレエ団を擁しています。
長らくオペラ上演の中心となってきた「ガルニエ宮」は、ナポレオン3世の第2帝政をたたえる記念碑的建造物として1861年に起工され、75年に完成した建物です。設計者であるシャルル・ガルニエの名を取り、長くこの名前で呼ばれてきました。ネオ・バロック様式の典型と言われる壮麗な外観および内装で知られ、建設当時は最新の素材であった鉄を使用したことで巨大な空間を確保し、5層に分かれた客席は2100余りを数え、劇場としては世界最大級の規模を誇ります。1964年にはマルク・シャガールによって天井画「夢の花束」が描かれました。
一方、「バスチーユ劇場」はフランス革命200周年を記念してミッテラン政権が建設を計画、革命勃発(ぼっぱつ)の地であるバスチーユ広場の西側にあった旧ヴァンセンヌ郊外線バスティーユ駅の跡地に建設された劇場です。完成はフランス革命から200年後の1989年。外観はガラス張りのモダンな建物で、地上7階地下6階建て。座席数は2703席で、世界最多の9面舞台を持っています。90年3月に行われたこけら落とし公演では、ベルリオーズのオペラ「トロイ人」が上演されました。
戦前、戦後を通じて華やかな歴史を誇ってきた「パリ国立オペラ」ですが、2004年にはザルツブルク音楽祭の総監督などを歴任した「ヨーロッパ・オペラ界の風雲児」ジェラール・モルティエが総裁に就任。「オペラハウスが知の最前線に立ち、社会に向けて発信する」という強い信念の下、20世紀の作品の上演にも積極的に取り組み、エポック・メーキングなプロダクションを次々に上演し、名支配人と言われたロルフ・リーバーマン時代をしのぐ活況を呈しています。
今回の初来日公演は彼らの総力を挙げたもので、いずれも話題作4作品が上演されます。

<世界初のオペラ化「消えた男の日記」が、「青ひげ公の城」と連続上演。話題の演劇集団ラ・フラ・デルス・バウスが究極の愛の姿を描く。>
2007年1月に上演されたばかりの作品。バルトークの「青ひげ公の城」、ヤナーチェックの「消えた男の日記」という二つの作品を一夜に連続上演することで、男と女の愛の形を浮き彫りにしようというアイデアは、「ヨーロッパ・オペラ界の風雲児」と言われるモルティエの、最もモルティエらしい切り口として注目を集めた。作品に新しい光を当て、「現代に息づくオペラ、21世紀を生きているオペラを届けたい」というモルティエの熱い思いが、この連続上演には込められている。
指揮のグスタフ・クーンが二つの作品をつなぎ合わせるという音楽全体の構成を受け持ち、演出はヨーロッパ・オペラ界を席巻しているスペインの演劇集団ラ・フラ・デルス・バウスが担当した。ハイテクを駆使し、壮麗なガルニエ宮の階段部分の映像を使って舞台上に現れる「青ひげ公の城」は、幻想的なその美しさに誰もが息をのむプロダクションに仕上がっている。
一方、「消えた男の日記」は、ピアノと歌による構成であった作品を、今回の上演のために初めてオペラ化したもの。そのオーケストレーションはクーンの手による。オペラ版の文字通りの世界初演となったが、簡素でシンプルな舞台装置、舞台上のスローな人間の動きが、男と女の情念のやり取りをなまめかしくも濃厚に描き出していている。
<初演から100年。デュカスの隠れた名作がどこまでも深い愛を照らす。>
2007−08年シーズン最大の話題作として、07年9月に上演された最新作。「魔法使いの弟子」などで知られるフランスの作曲家デュカスの名作オペラでありながら、上演される機会の少ない作品でもあり、パリでの初演からちょうど100年を記念しての上演となる。「青ひげ公の城」と「消えた男の日記」を一夜に連続上演するという切り口もさることながら、同じ青ひげ公を扱った二作品を日本公演の中で取り上げ、青ひげ公を巡る対比の中で考えさせようとするところも、実にモルティエらしいアイデアである。
バルトークの「青ひげ公の城」はベラ・バラージュの作品を、デュカスの「アリアーヌと青ひげ」はメーテルランクの作品を基にしているため、両者は少し内容が異なる。大きく違うところは、「アリアーヌと青ひげ」では青ひげ夫人に名前がついていることと、もう一つは先妻が生きていること。その違いの意味するところは? 見る者は知的なゲームを楽しむことになる。
歌役者のウィラード・ホワイトと時代を代表するドラマチック・ソプラノのデボラ・ポラスキの共演も話題を集めるが、舞台美術出身のアンナ・ヴィーブロックによる舞台作りにも注目が集まる。ヴィーブロックは旬の演出家−ヨッシ・ヴィーラーやセルジョ・モラビト、中でもクリストフ・マルターラー−たちとの共同作業を続けてきた女流演出家。その斬新な舞台に我々は何を見るのか……。
<鬼才演出家セラーズ。ビル・ヴィオラの映像で、終わりなき情念の愛を語る。>
ジェラール・モルティエが2004年、パリ国立オペラの総裁に就任した。モルティエと言えば、世界最高の音楽祭と言われるオーストリア・ザルツブルクの夏の音楽祭の総監督を10年にわたって務め、音楽祭を「知の最前線」として活性化したことで知られる。その彼が古巣でもあるパリでどんな路線を打ち出してくるのか―そこに世界中のオペラ・ファンの熱い視線が注がれた―そのモルティエ体制の初年度、2004−05シーズンのプロダクションの中で、最大の話題を集めたのがこの「トリスタンとイゾルデ」だった。
ヨーロッパのオペラ・ファンの間では激しいチケット争奪戦が繰り広げられ、それだけで十分な話題を振りまいたが、演出には、ザルツブルク時代にメシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」、リゲティの「ラ・グラン・マカーブル」を任せた鬼才ピーター・セラーズを起用。そのセラーズは時代の最先端を行くビデオ・アーティスト、ビル・ビオラの映像を大胆に使い、まったく新しいスタイルで、世界のワーグナー上演に新しい金字塔を打ち立てることになった。
舞台上にはベッドと椅子(いす)を兼ねたようなブラックボックスのみ。衣裳もほとんど黒一色という、ごくシンプルな舞台装置と、その背後の巨大な映像の組み合わせ。一組の男女が水と触れ合う姿、森や海岸……。鮮烈な映像が観客のイマジネーションをかき立て、聴く者を、見る者を巨大な感動の渦に巻き込んでいく。最後の一音が消えると、バスチーユ劇場は大興奮に包まれ、新しいモルティエ路線を強く印象付ける上演となった。
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