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マリインスキー・バレエ(キーロフ・バレエ)は、18世紀半ばに創設された帝室バレエ学校(現在のワガノワ・バレエ学校)を発展させる形で組織され、1783年エカテリーナ二世によって設立された帝室劇場で公演を行うようになった。その後、プティパとその弟子イワーノフによる「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」など、現在のバレエ界になくてはならない作品を上演。「クラシック・バレエの殿堂」としての地位を確立し、その栄光は今もなお世界に輝きを放っている。

4歳のとき母のすすめで新体操の教室に通い始め、9歳のときバレエ学校を受けてみることを強く勧められました。新体操ではコンクールで優勝したり、市の代表に選ばれたりしていたのですが、新しい世界に挑戦してみたくなってオーディションを受け、合格しました。もちろん、きれいな衣装やストーリーに憧(あこが)れた気持ちもあったのですが。
私はシベリアのクラスノヤルスク出身ですので、16歳のときに1人で学校の寄宿舎に入りました。最初の1週間は本当につらかったですが、しばらくすると先生やみんなが認めてくれるようになり、私も「一度バレエの道を究めると決めたのならば、目標なく進むのではなく、自分自身でも成長を実感できるようにがんばっていきたい」と思うようになりました。マリインスキー・バレエに入団してからは、すぐにソロパートを任されるようになり、次の年には「白鳥の湖」でデビューしたのです。
初演を踊るときはいつも責任を感じます。批評家も観客も初演を楽しみに集まってくださるのですから。それから、この作品を作曲したシチェドリンと、この作品を初めて踊ったプリセツカヤが見に来てくれたことです。ふたりとも公演にとっても感激してくれてスカーフをプレゼントしてくれたんですよ。とてもうれしかったです。
普通、踊るときは髪の毛が邪魔にならないよう後ろでまとめるのですが、この作品では長い三つ編みのお下げ髪です。でもこのお下げ髪、結構な重さがあるんですよ。ちょっとした秘密があって、衣装にループがついていて、その中にお下げ髪を通せば、回転するときに邪魔にならない工夫がしてあるんです。もしそのまま回転していれば、パートナーをお下げ髪でバチバチとたたいてしまっていたと思いますから(笑い)。
ラトマンスキーの振り付けは古典作品とは違います。とてもユーモアがあり、可愛らしい踊りなのですが、ステップがとっても難しいのです。そんなところも、日本のファンの皆さんはしっかり分かってくださる、と思っています。何しろ日本のお客様は世界一バレエに愛してくださっている方々ですから。
姫君はイワンの純粋なところに恋をしたのだと思います。初演のときに一緒に踊ったロブーヒンは本当に素敵(すてき)なダンサーですから、必ず皆さんもこのバレエを楽しんでいただけると思います。






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