頭の悪いヤツ、つまり私にしか見えない数学があり、真実があるのだと気づいてからかな。頭のいい人はどんどん進んでいける。でも、足元にある大切なことを見逃しがち。バカは、ゆっくりとしか進めないので、小さくても美しい真実をたまに見つけられる。
考える余裕もなかったし、私自身、欲していなかったんだと思う。実際、今誰かが待っている家には帰りたくないし。親類ともほとんど交流がないし、友ともそんなに親しく付き合わない。孤立無援で生きてきたので、それが習い性になっている。楽な道を選ばず、あえて、いばらの道を好み、突き進んだようなところもある。大した才能もないヤツが数学者になるためには、それぐらいの覚悟がないとできなかったと思う。
いや、そんなに強くもない。どちらかといえば、一匹うさぎ、という表現が正しい。ただ他人からは変人扱いされますが、こんな人生を大変だなあと思いつつも、一方でちょっと楽しんでいる自分も、最近はいたりする。出世の道は外しているけれど、まっとうな人生を歩んで、昇進の話なんかしている人よりは、自分のほうが時を刻むような生き方をしているんじゃないかと思う。
学生時代にやっていたのですが、かなり難しい楽器でね、挫折して中断していたんです。それが55歳のころ、はたと思い出してね。途中でギブアップするのは自分流の生きかたに反する、と思い直し、必ず克服するまでやってやろうと。
そう、14キロと重いので先に宿泊先へ送ってね。アコーディオンもアコーディオンなりに旅をしているわけです。やりたいと思っているのに、できないと悔しい。だから練習を続けていく。すると、それなりに多少はうまくなっていく。それがやはり面白い。
不得手も頑張れば、得手になることが、人生たまにある。それを数学の試練が教えてくれたわけですが、アコーディオンはどうかな。みんなを勇気づけたい一心で、厚かましくも、ライブハウスで演奏したり、シャンソン歌手・石井好子さんのコンサートにゲスト出演したりしてはいますが。下手だとわかっていても、自分がやっていることを多くの人々に発表しないと気がすまないのも私の性格。これも昔から変わらない。しかたないね。

行きがかり上、数学者という道を選んでしまったがゆえに、数学の研究にすべてを費やしたと言っても過言ではないですね。
グラフ理論の第一人者だった、ミシガン大学のフランク・ハラリー教授。亡き私の恩師です。無類のケチでしたが、自分のやりたいことには惜しみなく投資をした。その徹底ぶりは尊敬に値します。もう一人、放浪の天才数学者ポール・エルデシュ(1913〜96)。地位も名誉も家族も持たず、放浪を続け、死ぬまで数学的真実にだけ執着し、生き続けた人。数学の世界では非常に敬愛されている人物です。
中学のときに読んだ「原野の四季」「牧場の四季」(周はじめ著・理論社)。北海道の原野、牧場が写真と文章で紹介された本です。淡々とした文章なのですが、こんな生活もあるんだと知り、自然相手に自由気ままに暮らしてみたいなあと北海道での生活にあこがれを抱くきっかけになりました。もう1冊は「天才と狂人の間〜島田清次郎の生涯」(杉森久英著・河出書房新社)。弱冠20歳で長編小説「地上」で脚光を浴び、天才作家と持てはやされたものの、身の振り方をあやまり、気がふれてしまう島田清次郎の生涯を描いた伝記小説です。高校生のときに読み、本当に人の人生の恐ろしさを感じた。決してこうなってはいけないと自戒の念を持った1冊です。
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