女優にしてジュエリーデザイナー、エッセイスト、脚本家、ジャズシンガー……多彩な顔を持つ人だ。そして今年、「映画監督」という肩書が加わった。2年前に大好評を博したハリウッド映画「SAYURI」への出演以来、ロサンゼルスと日本を往復する生活が続いている。今もっとも輝く50代だ。
(文・神山典士/撮影・小山昭人)
たぶん勇気だと思う。勇気とか元気とか。とにかくやりたいことに対して勇気を持って一歩踏み出すんです。私、今ハリウッドでオーディションに落ちまくって、すごいキツイ目にあってるの。でもね、そういう生活を2年くらい続けてきて、ここのところ必ず最終オーディションには残るようになってきた。英語の発音がすごくよくなってきているって。この前も白人の弁護士という役があって、それでなくても弁護士なんて似合わないのに、受けちゃうわけ、私は。そしたら監督も気に入ってくれて、アジア人でもいいかってなったの。
でも、最終的には宗教の問題でその役は無理だったんだけど、監督が不動産屋の女の役をつくってくれて、やっぱりおしゃべりな役なの。それで続編にも出ることになった。こつこつです。
ううん、こんな屈辱的な新人オーディションを受けまくっているから向こうでは全然図に乗れなくて、でも日本に帰ってくると図に乗ってるから、そのバランスがいいみたいで。
あの時はね、ソクーロフ監督の前の作品が好きだったから自分で電話して出して下さいって言ったんです。ちょうどイッセー尾形さんと二人芝居をやっていて、彼が天皇役の候補だった、だったら皇后は私が絶対いいんじゃないですか。その代わり、もう1人の候補の人が天皇をやるんだったら私じゃない方がいいですよって、それも言ったんです。私、監督の気持ちもわかるしね。
そうそう、「太陽」の方が先に決まっていたんだけど、あとから「SAYURI」が決まった。ロサンゼルスからペテルスブルグに3日間飛んで、戻ってきたら私のシーンからクランクインで、もう大変だったんです。
私ね、50歳の誕生日に自転車に乗れるようになったし、逆上がりもできるようになった。そんな生き物なんです。ただ生きてるだけで映画監督もできちゃう。何の苦労もない。皆どうしてあんなに悩みながら監督やってんの?くらいに。でもそれはなぜかといったら、私は役者で数多い現場を踏んでいるでしょう。それも、いい監督たちの。現場で生まれてくる力、現場で生まれてくる発明にすごく賭けていたんですね。
40歳になって、長生きしようと決めたら生きることが本当に好きになりましたしね。どんなに気取って生きていても死んだら抹殺というか、この世からいなくなっちゃうわけだから、いっぱい生きたい。でね、「古い蛇ほど柄がいい」なんてコピーを思いついて、言葉に押されるタイプでもあるもんで、長生きっていうことをこじゃれたことにしたいなって思ったんですね。

1952年東京生まれ。12歳で英国ロイヤルバレエアカデミーに留学。女子美術大学付属高校卒業後、文学座養成所を経て71年に映画デビュー。数々の作品に出演し、日本アカデミー賞をはじめとする各賞の主演・助演女優賞を総なめにする。監督、脚本家、ジャズシンガー、ジュエリーデザイナー、エッセイストとしても活躍。2005年、スピルバーグ製作、ロブ・マーシャル監督作品「SAYURI」に出演。06年、アレクサンドル・ソクーロフ監督作品「太陽」に出演。以後生活の拠点をロサンゼルスに移して、太平洋を往復しながら数々の作品に出演している。07年正月映画「無花果の顔」で監督デビュー。
桃井かおり原案・脚本・監督作品。主演山田花子。共演に石倉三郎、高橋克実、岩松了、光石研。庭にある無花果(イチジク)の花が印象的な家庭で、4人家族が「日常」を営んでいる。何げない生活の中に起きる小さな「破綻(はたん)」、そして広がる「波紋」。日常の中にあるささやかな狂気を、監督桃井が奔放に描く。
12月23日より、シネマスクエアとうきゅう他にて全国ロードショー。
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