【2007/01/04掲載】
6歳の時に父親が囲碁のセットを買ってきて以来、娘の活躍を喜ぶ父の思いを背負い、梅沢由香里さんは女性の身で厳しい勝負の世界に身をおいてきた。デビューと同時に人気が爆発した、美貌(びぼう)の女流棋士がプロになるまでの道は、決して平坦ではなかった。一度は挫折した彼女を再び勝負の道に向かわせたものは何か?プロになって初めて味わった囲碁の楽しさを、のびのびと語ってくれた。
(文・田中亜紀子/写真・田中史彦)
正直、子供のころは囲碁の魅力はわかりませんでした。とにかく負けず嫌いで、相手に負けると猛烈に悔しかった。プロを目指したのも、いつのまにかレールに乗っていたというのが本当のところです。中学2年で弟子入りし、平日は学校帰りに師匠の家、週末は日本棋院での対局と、学校行事にはほとんど何も参加できませんでした。
それが修業の日々は楽しかったんです。兄弟子が3人いて、私は一人っ子だったので、お兄さんができたようでうれしかった。ただプロ試験が大変でした。下馬評では早く受かると言われていたのに10回以上落ち続けたんです。最初は自信がない分つらくはなかったけれど、年々合格の可能性が高くなると、期待した分、本当にショックで。しかもプロ試験は1回が3カ月もかかり体力の消耗も激しいし、悲壮感がある独特の雰囲気がいやでした。
なりましたよ。18歳で試験に失敗した時はひどく落ち込み、人生を考え直そうと大学進学を選んだ。するとそれまでの狭い世界から、広い世界に出て何もかも刺激的で……。井の中の蛙(かわず)、大海を知る、までいかなくても、湖ぐらいは見たわけで。それでも大学1年の時にもプロ試験を受け、あと一歩のところまでいったのに、やっぱりだめでした。プロはあきらめようかと大学2年から囲碁と線を引いたら、それまで自分を抑え込んでいた反動で大学生活をエンジョイしちゃったんです。
父は、私がプロになることより、私が新聞に出たり活躍するのを見るのが好きだったので、囲碁の大会に出ていればご機嫌でした。でも父は、私が大学2年の時に白血病になり、大学3年の5月に亡くなったんです。その2週間前に私が全国本因坊戦東京大会で優勝し、そのことが載っている新聞記事の切り抜きを、亡くなる直前まで病室で目を細めて見ていたそうです。もしもいま父が生きていたら、私が載った雑誌の記事を全部切り抜き、いそいそとスクラップしていると思いますよ。自分が引っ込み思案だった分、娘に期待したようですが、その方法が囲碁とはなかなか渋いですよね。
父の死後、自分が何をしたいのか悩んでいたころ、NHKが囲碁のタイトル戦を衛星番組で放送することになり、私が司会者に指名されたんです。そこでタイトル戦に出る棋士や、取り巻く環境を初めて外側から客観視することができた。間近で見る彼らの必死な表情がカッコよくて。それまで私は子供のころからの夢を目指していたのに、プロセスのさなかで、ただつらくて苦しくて夢の形が見えなくなっていた。でも棋士が夢を実現し輝いている場に立ち合えたことで、自分の目指すゴールがはっきりとわかった。それまで「レールの上に乗らされていた」自分が、やっと本気になれたんです。

1973年東京生まれ。6歳から父親と一緒に囲碁を始め、中学2年の時に加藤正夫九段に入門して日本棋院の院生になり、プロ修業に入る。いち早くプロになると下馬評は高かったが、プロ試験になかなか通らず、慶応義塾大学環境情報学部入学。19歳でプロ試験に落ちた後は失意で修業から離れたが、囲碁のサークル活動やアマチュアの大会への出場などは続けていた。父の死後、改めて自分には囲碁しかない、と決意し、95年女流棋士特別仮採用試験に合格してプロに。NHK教育テレビ「囲碁の時間」のレギュラー出演をきっかけに人気が出る。漫画「ヒカルの碁」の監修を務め、子供たちの囲碁教育にも力を注ぐ。2002年五段昇段。Jリーグの吉原慎也氏と結婚。05年国際囲碁連盟初の女性理事に就任。環境保護活動にも熱心に取り組む。
碁のルールを覚えて間もない人、2けた級の人を対象に、梅沢由香里さんが基本のテクニックを一手一手丁寧に教えてくれる教則本。1巻「星の布石」、2巻「布石の戦法」、3巻「攻めと守り」、4巻「ヨセと手筋」。河出書房新社/各1260円
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