空前の脳のトレーニングブームは、この人から始まった。東北大加齢医学研究所の川島隆太教授が、どんなもくろみで、大ヒットとなった「脳を鍛える大人のドリル」シリーズを出すことになったのか。高齢になっても、本当に脳を鍛えることはできるのか。研究者という茨(いばら)の人生を歩む、川島教授に聞いた。
(文・田中亜紀子/写真・三浦健司)
いえ、まったく。ただ、始めるにあたりいろいろな戦略はありました。私たちは研究者として、学問の成果を社会に還元しなければならないと思っていました。その中で「読み、書き、計算」にこだわったのは、私たちの研究ではこれが脳を活性化する明確な証拠があったからです。それが子供の教育にいいと直接伝えたかったのですが、思った以上に従来の教育関係者からの拒否反応がありまして。慎重にことを運ぼうと、まずは戦略的に大人を対象にしたドリルを出しました。
今の子供たちの生育環境を考える上で問題なのは家庭環境です。私たちの力で、親が家庭で勉強する姿を見せる環境が作れたら愉快だろうと。一般的な現代の家庭では、おそらく親は家で呆(ほう)けてテレビを見ながらゲラゲラ笑っているような姿しか子供には見せていません。私たちの世代の親は、家で何らかの仕事をしており、その背中を見て、私たちは「親は仕事、子供は勉強」と納得してきた。もし現代の親が、ぼけたくない一心で、家で必死にドリルをやれば、その姿は子供に勇気を与えるだろうと思いました。
脳を活性化する方法はほかにもありますが、「読み、書き、計算」にスポットをあてたのは、胸をはって学校で勉強してほしいとの子供たちへのメッセージです。学校の勉強は、長い人生を生きる上で一番大事な脳のトレーニングになると知ってほしかった。
IT社会の成熟だと思います。みんな、漠然と頭を使っていない不安があった。とくに漢字が書けなくなっている事実には、みんな気づいているでしょう。もう一つは、国立大学が独立行政法人になったこと。でなければ私はやっていなかった。大学にも「黒船来襲」の波が訪れ、学者も産業界と連携して社会貢献を考える時代になった。脳の活性化のデータは私が大学院生時代に行なった実験が元です。テレビゲームは勉強よりも脳にいい、という仮説をたて、ゲームとクレペリン検査を対比したら、クレペリンの単純計算の方がダントツで脳を活性化したという、逆の結果となりました。

1959年千葉生まれ。東北大学医学部卒業後、東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所講師などを経て、2006年同大学加齢医学研究所・脳機能開発研究分野教授を兼任。脳機能イメージングに関する基礎的研究を行い、ヒトの脳活動と心の関係、「ヒトは何のための存在か?」といった研究テーマを追求。産学共同で脳イメージング理論の研究に取り組み、地方自治体を巻き込み多くの画期的な企画にも着手。彼が考案した「脳を鍛える大人の計算ドリル」と「脳を鍛える大人の音読ドリル」シリーズは04年に発売されるや大ブームとなり、05年には、任天堂DS用ソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」が発売され、こちらも大ヒット。
東北大加齢医学研究所では、大学院生を募集している。川島隆太教授は、「わたしの研究室では、人間そのものである脳の研究を行なっていますので、これまでの研究のバックグラウンドはいっさい問いません。しかし研究は探求心が命であり、終わりのない努力を継続する厳しい仕事。研究者を目指す人は、地道な努力を腐らずに一生続ける覚悟が必要です。その上で、人の心と脳の関係、ヒトはどこからきてどこへ行くのか、といった研究テーマに興味のある知的探求心にあふれる方、ご子息をぜひにと思われる方は、下記大学院のホームページをご覧ください」と話している。東北大は今年で開学100周年を迎え、産業界にも広く門戸を開いており、企業からの提案も待っているという。
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